(2002/6/14)

有識者からのヒヤリングメモ(産業技術政策等)

2002年6月14日
NEDOワシントン事務所

  1. Harvard大学Kennedy School Dr. Branscomb氏
  2. Columbia大学 Dr.Nelson氏
  3. George Mason大学副学長Dr.Hill氏
  4. Carnegie Melon大学 Dr. Florida氏
  5. NSF Dr. Joseph Hennessey, SBIR Program Manager

 

1.Harvard大学Kennedy School Dr. Branscomb氏

○ATPを巡る議論

ATPのようなプログラムについては、政府の科学技術を民間に解放するべきという議論の流れの中で、72年頃から議論されて来ている。そして、80年代後半になって、民生版のDARPAプログラムを創設すべきという議論に至り、ATPが出来た。ただ、各省庁の特定のミッションを実現するためのR&Dというのであれば分かりやすいが、一般的に経済活性化とか競争力向上ということを目指すプログラムなので、イデオロギー的に保守派サイドからは攻撃を受けやすいものと成っている。94年にも一度、ATP予算はゼロにすべきだという議論が起きたが、これは議会の共和党からの圧力によるものであった。

ただ、民間企業からみて、この領域は資金調達が難しいところであることは事実であり、特に全体の約6割以上がベンチャー企業に支出される等、意味のある制度だと思っている。

ATPのFocused Programは、ある業種毎にWhite Paperを策定する過程で、共通の技術面での課題を認識できたという点で有意義なものであった。また、その上で採択されるものも、単発のプログラムの羅列というのではなく、“共通の土台に乗った複数の相互に関連するプログラムの塊”として全体が進んだ点で良いアプローチだと思う。ただ、現時点でこのようなことをやろうとすると産業振興であるとして共和党からはかなり厳しく叩かれるであろう。

現在、見直しが進んでいるATPは、共和党も支持してくれそうな方向性にある。これは、大学をもっとこのプログラムに参画させる等6つの改革を含んだものであるが、この裏には、DOCのDeputy SecretaryのBodman氏の貢献が大きい。彼は、MITの教授をやった後、VCになりその後、ボストンにある化学素材のCabot社のCEOをやっており、ATPのようなリスクマネーについては前向きな考えを持っているからである。

ATPに類似の予算としてSBIRがあるが、これは、とにかく政府の外部実施R&Dの2.5%を中小企業に出すという義務が課せられているだけで、SBRIという別個の予算項目があるわけでなく、議会との関係でも問題となりにくい。そして、SBIRはEarly Stageのベンチャーを中心に支出されるので、金額は少額でも良いし、少しぐらいは無駄になってもよいという考えが持たれている。この点がATPと異なる点。しかし、中にはSBIRだけで食いつなぐベンチャーもおり、問題点が指摘されている。

また、MEPについては、先の大統領予算教書ではゼロ査定であったが、実際の運営は州政府に任せてあり地元議員の関心も高く、このまま進むかは疑問。OMBもMEPの評価を十分行った上で判断したわけではなく、当初Sun-set条項付きのプログラムであったし、予算管理の見直しの下で、当然、見直しが行われているというのが現状(議会が再度承認すれば元に戻るであろう)。

○Valley of Deathを巡る議論

最近、Valley of Deathについて色んなところで問題だと指摘されているが、自分は、これについては、前向きに捕らえている。つまり、このValley of Deathは、すばらしいアイデアや新たなビジネスチャンス等が混沌としているところで、極めて重要な要素。勿論、失敗もあるだろうが、そのような中から、新しいビジネスが出来てくるわけである。

このValley of Deathという言葉の響きとして、NevadaのDeath Valleyという何もないところ、不毛というイメージを皆持つので、この言葉自身、新しい言葉に代えようとしているところである。

勿論、この領域はリスクも高く何らかの対応が必要であることは事実だが、政府の役割はある程度限られている。ここでは、やはりエンジェルやVCが第一義的な役割を果たすべき領域。ATP等の政府R&Dは、特にリスクの高い物は別だが、Public Venture Capitalの一形態となるのは好ましくない。

○InventionからInnovationへ大学の役割

InventionをInnovationに結び付けて行くことは、大学にとっても重要な使命である。

特に、米国では政府R&Dの削減から大学が財政難に至ったこともあり、産学連携に積極的に取組むようになった。ただ、大学がコマーシャルの分野に踏み込むことは困難だし、ミッションを越える。他方、民間企業の人間には、大学内に転がっている技術を十分理解できず、そのギャップが中々埋まらない状態。

これまでもエンジェルやVCがその橋渡しの重要な役割を果たしてきたが、中々うまくいっていない面がある。そこで、最近、大学自身もそれを促進する対策を講じている。具体的には、大学が有する基金を基に、そのためのFundを作っている。

従来のアプローチと違うところは、外部のVCに任せるのではなく、大学自らがVCの機能を果たす点である。通常のVCはファンドを組んで運用しているが、それでは確率が低いし、情報の開示が不十分である。Financialな業務は外から人を連れてきて行うが、技術の発掘等は大学内部の人間がやる仕組みとなっている点。大学内に何が転がっているのかは内部の人間が一番良く分かるし、成功の確率が向上し大学にとっても安定した資金源となる。

ドット・コムバブルの問題点は、そのほとんどがエンジェルによるPrivate Equityでサポートされていたので、Unliquidであった点である。もっと、技術の中身が分かった上でのInstitutionalな対応が重要である。

このような仕組みは、Valley of Deathの資金の谷を埋めるための一つの対策と言える。

○最近の関心事

米国企業を初め、現在、多くの企業が中国にラッシュしている状況。多くの企業は生産拠点とするOld Typeの関係であるが、多くのハイテク企業は研究拠点を中国に設置しており、R&Dの競争が行われている。そして、かなりの数の研究者等を現地で雇っている、それは単に中国政府にロイヤリティーを示すというレベルを超えている。ある話では、バイオ関連では治験が容易に行われることから中国に基礎的研究部門を移したという話も聞く。

日本の企業も似たような状況にあると思うが、具体的にどの程度の企業が生産拠点を移しているのか、また、研究開発拠点はどの程度出て行っているのか、その中で基礎的研究を行うところまでやっているところはあるのか等の情報を知りたい。

 

2.Columbia大学 Dr.Nelson氏

○ この10月にMETI/RETIにてセミナーがあり、そこで講演をすることとなっている。その中では、日本のシステムを改革するとしたら何をやると良いかについて話しをする予定。

○長期的視点に立った米国発展分析の必要性

米国では1910年から75年までは経済の構造はほとんど変化していなかった。しかし、75年を境に大きく変化した。90年代はきわめて特殊な時期であり、政策を考える際にはもっと長期的視点に立って考える必要がある。この話は、この数年という短期的なフレームではなく、戦後からの長期的視点でみなければならない。

米国でも確かにNew Economyというブームを経験したが、単にITに支えられたNew Economyということのみではなく、新たな産業が次々と出てきたこと、そしてそのための環境が整っていたことが大きなポイント。ITを用いることによって生産性が向上したことはそのとおりであるが、それだけではない。

米国のシステムはHeteroであり、また、システムも極めてフレキシブルである点が特徴。日本もそのような方向に変わることが重要であるが、そのためには、もう一段のScraeryな状況を経験しないとだめだと考えている。

○日本の産業競争力

日本の産業は本当に競争力を失っているのか、よく見極める必要がある。そのためにも、個別産業の動きをよく分析する必要がある。米国の産業も1975年頃から90年代当初まで長い間苦労した、その間は、自信を全く失ってしまっていた。しかし、潜在的な力があったからこそ90年代の発展が可能であったわけである。日本についても、個別産業、そして個別企業毎に状況は異なるはず、よく自分のことを分析してみるべき。

○ 大学のシステムについて

米国の研究大学は、米国の技術、農業、経済の発展に大きく貢献してきた。特にLand Grant大学やEngineering School、Medical Schoolは経済の発展への貢献がひとつのミッションになっており、この役割は大きい。

バイドール法は、一つの要素ではあるが、あまり過大評価することに対しては疑問がある。米国では成功しているといった時に、何を持って成功というのかをよく吟味する必要。それ以前から、大学の技術は産業界に移転されることはよくあった話し。確かに、大学が組織的に技術移転のための組織を形成したことは評価できるが、経済的にどの程度リターンがあるかは、いくつかのBig Hitを除けばほとんどとるに足りない。

このような視点で、米国の大学で意味があったのは、バイドール法をきっかけにしたTLOのライセンシング機能というより、産業界からのアプローチがやりやすいようなリエゾン機能の方がかえって意味があったと評価されている。

○新規事業支援の観点からのFinancial SystemとSpin Offの仕組み

米国の経済発展の議論をする際に重要なのは、新産業の立ち上がりに際して、Financial Systemがうまく働いたということが指摘できる。しかし、これもModern V/Cの役割が大きいとは思わない。むしろ、従来より米国の(Risk Money供給の)システムはうまく回っていたと考えている。かえって90年代後半になって急速に伸びたVCは、バブルがはじけ急速に減退、このような動きは投資家にとって悪いイメージしか残らずかえってマイナスの影響だといえる。ドイツの新証券市場も失敗している。

これは実証していないが、かえって企業が支援するSpin offが果たす役割が意外と大きいと認識。日本でもこれを支援する方策があるのではないか。具体的には、HP,3M等の企業はSpin Offの支援に積極的に取り組んでいる。この分野については、Harvard大のRosenbloom氏やChesbrough氏らが詳しいはず。大学発ベンチャーもあるが、インパクトとしてはSpin Offの方が大きいのではないか。

そして、そのSpin Offするベンチャー支援という視点からは、HPやIntelはうまくコンソーシアムを活用しているはず。これは、National Consortium Act基づいて恩恵を受けているはず。そしてこの法律は、90年に改正されて、R&Dのみならず、Production までを対象範囲に加えている。

 

3.George Mason大学副学長Dr.Hill氏

○ATPのFocused Programについて

ATPが設立された88年当時は、実はATPはコンピュータ、バイオ、ロボットの3つを中心分野とする予定であった。しかし実際の運用開始時点では、共和党のパパ・ブッシュが大統領であり、そもそも政府が優れた技術シーズを決めるということは不可能であり、政府の金は全ての者に開かれているべきだという考え方に基づき、特定の分野は設定しないというATPの運用が始まった。

そして、クリントン大統領の時代に入ってからは、あらかじめ定められた分野のみではなく、他の新しい分野もカバーされるべきであるという考え方も踏まえ、先ずは産業界が何をしたいのかということをベースにして、それを受けて政府が支援するというアプローチを取った。そのため、そして、各産業界から提案を受け入れることとした。

そして、94年?から産業界、大学が中心となって、分野毎に競って自分達の産業でどのような技術が必要なのかについてを示す、いわるゆる“White Paper”作りが始まった。この過程では、数多くのワークショップが開かれた。Focused Programは、その副次的な効果として、当該プロジェクトとして採択されなくとも、新たな出会いががあり、その外で具体的な技術開発に結びついた事例もある。つまり、カタライザーとしての役割を果たしたのである。

そして、ATPには大企業も中小企業も参加したが、大企業やコンソーシアムはどちらかというと業界に共通な技術課題(当該産業が共通して恩恵を蒙るもの)を取り上げた。そして、これをやると広く国民経済がプラスになるということで説明された。一方、中小企業は、リスクの高い個別の技術のR&Dを提案し、それからセレクトされ研究を実施した。

Focused Programが導入された時には、かなり慎重に具体的やり方について議論された。そして、これを率いたのがDOC/NISTのAdministratorであったスーザン・カズン女史だった。また、これを支えたのが、上院の議会スタッフのPat Windamだし、下院ではJohn Turner氏であった。

当時は、まだCritical Technologyということで個別の技術をどうするのかということへの関心が高く、特定技術への支援という考え方もあったが、イデオロギー面からの共和党の攻撃も厳しく、また、WTOとの整合性についても、特定産業分野への支援ではないこと、大企業が参加する時にはコンソーシアム形式であり業界に共通の技術課題を扱うもので個別企業補助ではないこと等の説明が行われた。その結果が上記のような、方法になったもの。

このプログラムをやめることとなった理由は、予算の制約が厳しくなったこと、議会、特に下院において、共和党が多数派になったことが掲げられる。議会が厳しくATPを問題視するとともに、予算の削減が行われ、その結果として、議論になり難いRegularな方法のものだけが残ったといえる。

このFocused Programは、R&Dそのものの成果は別として、副次的に新たな出会いの場所を提供したという点で、かなりうまく行っていると認識している。

○Valley of Deathの議論

最近、みんなが問題視しているのは、過去数年間の間、エンジェル、VCがかなりリスクを覚悟して投資していた基礎と商品開発の間にあり市場はまだ見ていないもののリスクだけは高い領域に関し、景気の低迷によって急速にその資金量が減少していることである。そして、これがよくValley of Deathといわれている。

基礎研究の領域では、NSFが大学等を中心に、せいぜい1件当り年間$50,000の規模の研究開発費を投じてきた。また、商品化の一歩手前については、その規模が$500,000を超えるような規模までなることから、VCがリスクを張って資金提供してきた。

実は、その中間のところは、一番資金供給量が少ない領域である。これまでは、SBIRやATPが少ない金額ではあるが資金供給してきたし、エンジェルが資金供給することも多かった。しかし、近時の景気低迷で、エンジェルの資金供給が細り困っているところ。

近時、NSFもPFIとして単に大学にではなく、ベンチャーにも金を流す仕組みがある。しかし、やはり、Angelが一番。SBIRは単発物のバイオ等に向いているが、ATPはより複雑な製品開発に向いている。

このような状況を踏まえ、NSFでは、SBIRの受給者に関して、金をつけるのではなく、VCに推薦するという仕組みを(Partnership for Innovation又はmatch maker)作ったと聞いている。

米国では70年代に大企業ではしきりに新規事業部門を作り、Spin-Off企業を作り出そうとした。しかし、あまりこれはうまく行かなかった。その理由は、大企業はやはり当該企業をコントロールしたがるし、その企業は管理されるので、中々うまく動かないという状況であった。

私見だが、Spin−offだけが良いわけではない、米国でも依然大企業が中心であり、技術という面では、大企業はNurseryとしての役割を果たすべきである。MicrosoftはIBMに育てられた、IBMなくして現在のMicrosoftはない。

米国では、技術は一つのネタに過ぎない。ものになりそうな技術を見つけると、社長から集めてきて、ビジネスを行う。その裏には、年金のポータビリティー化が重要な役割を話している。

そして、また、その技術は大企業に戻って行くという仕組みがあるのではないか。

 

4.Carnegie Melon大学 Dr. Florida氏

○ 今や、“技術政策”や“Innovation Policy”というのは古い概念となってしまっている。つまり、近時米国では、企業をコアとした技術の展開というものから、優れた人材をひきつけるマグネットとして位置づけられる大学を中心に創造活動が進みつつあり、それがうまくビジネスに結びつく状況に変化している。

○ Old Economy、Old Industryの時代には優れたPracticianであれば良かったが、その中心は変化しつつあり、Creativityに変化。これからのキーワードは“Creative class people”であり、それらの人間を引き付ける環境整備が問題となる。

○ このCreativeというのは、別にITやバイオといったハイテクのみならず、既存の産業の中でも、研究、設計、デザインを行う人、さらには芸術家もこれに含まれる。そして、これらの人間がいかに創造的な環境に置かれるかということが問題となるようになってきている。そして、その場を提供するのが大学の役割というように考えられている。Sun microの社長やIntel,DellのCTOが良く大学内をうろうろし、色んなところで気楽に議論し帰っていくのがよく目撃されている。大企業や中小企業も同じように大学を目掛けてやって来ている状況。

○ 現在の米国の強みはなんと言っても、“開かれた大学”の存在である。米国の大学は、各人がFree Agentの集まりであり、新たな人間関係を生み出し、新たな創造的活動が行われる貴重な場所。日本の技術政策については80年代から興味を持ってフォローしてきているが、日本の産学連携を見ても、個々の教授とその卒業生等をベースとしたかなりリジッドな連携であり広がりがなく、新たな創造に結びつきにくい構造となっていると見ている。

○ また、大学はもっと分権化されなくてはならないし、カオス的な状態で新たなものを生み出していく場所とならなければならない。そのためには、先ず徹底したMeritcracyが導入さればならない。Valley of Deathを埋めて行く場所としての大学の重要性はますます高まって行くもとのと考えられる。

○ 一般に日本の競争力が低下したと言われているが、全てがそうではなく頑張っている企業もあるはず。その中を見ると、例えばToyotaは西海岸にデザインセンターを設け設計をやらせていたり、Hondaも新型車の開発を行うためにまったく独立した別の環境にそのチームを置いて見たりしているのではないか。これを見ると周りの環境の重要性がわかるはず。

他方、日本のゲーム産業は、高い競争力を有しているが、その背景は何なのかについて興味がある。聞いたところでは、ソフトウエアの製作者は一部の限られたエリアにかたまって活動を行っているとのことでが本当か、何がそのような競争力を持たせる環境なのかについて知りたい。

 

5.NSF Dr. Joseph Hennessey, SBIR Program Manager

○SBIRプロジェクトにおける対応

特別にValley of Deathにアドレスしたものではないが、結果的にそのギャップを埋めるものとして有効な政策であるのがSBIRである。NSFが出すSBIRには、先端的な研究開発を行うために必要となる計測制御関連技術が多い。それらは、自らNSFが購入するわけではないが、グラント受給者にとって有益であり積極的に対応している。

SBIRには、2つのフェーズがあり、フェーズ1は可能性(feasibility)確認で、審査の25%が商業化可能性に基づいている。フェーズ2に応募する企業は、技術計画書15ページ、商業化計画書15ページを提出し、技術とビジネス専門の審査員が、それぞれの計画書を審査することになる。

フェーズ2bは、商業化を促進するためのフェーズで、第3者機関からの投資1ドルに対して、NSFが5セント分を投資するというものである。フェーズ2bが認められると、自動的にプロジェクトは1年間更新となり、NSFから拠出される資金は開発用の追加費用として利用することができる。フェーズ2bにおける必要条件は、投資家からのお金が企業に対して、フェーズ2またはフェーズ2b期間内に支払われること、企業は投資家からの支払を銀行口座証明などの文書で示すこと、そして、投資家からの現物支給は、フェーズ2b対象とならないことである。

現在、50のフェーズ2b応募書類が送られてきており、このうち40〜42件について資金支援を行う予定としている。最終的にフェーズ2b支援をうけることが認められた企業が民間から受ける投資額合計は3,500〜4,000万ドルに上ると考えられる。フェーズ2bは、4年目に入ったが非常に人気の高いプログラムで、特に、国防総省やエネルギー省のように省庁がSBIR企業の顧客となる可能性が極めて低いNSFでは、このようなシステムがその後の企業の成長に有効であると考えられる。

また、SBIR担当部門では8人のプログラム・オフィサーがおり、それぞれ異なった技術分野を担当している。分野としては、先端マテリアル、IT、電子工学、そしてバイオテクノロジーの4分野となっている。このプログラム・オフィサーは、全員が企業出身である。これは、SBIRの審査の際、ビジネスの視点でしっかりとプロジェクトを選定できるように考えているからである。

○新たな試みとしてのマッチメーカーアプローチ

その他に、新しい試みとして、マッチメーカーアプローチを始めており、NSFがアーリーステージの投資家とSBIR受給企業を引き合わせる場を設けている。いわゆるお見合い(dating service)で、NSFから投資家に対して、SBIR企業がSBIR支援をどれほどうまく管理しているか、また、報告書提出などの義務をきちんと守ってきたかなどの情報が提供される。このような情報は、企業の管理体制を図るのに非常に貴重なものである。マッチメーカーアプローチは、まだ始まったばかりの実験段階である。また、SBRI諮問委員会の委員としてベンチャーキャピタリストを招聘したりしている。


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