(2002/8/29)

米国のナノテクノロジー政策(その3)

…国家ナノテクノロジー・イニシアティブの評価…

ワシントン事務所
2002年8月29日

全米研究委員会 (National Research Council = NRC) が今年6月10日に、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ (National Nanotechnology Initiative = NNI) の研究課題や投資レベル、ナノテクノロジー研究の調整・管理、産官学パートナーシップ、および、NNIの実績評価方法等を調査した報告書「Small Wonders, Endless Frontiers: A Review of the National Nanotechnology Initiative」(注1)を発表した。NNIの見直しは、クリントン前政権の終期にホワイトハウス国家経済会議 (National Economic Council) とNNI参加省庁がNRCに要請したもので、NRCは下記の質問事項を考慮することに合意している:

  • NNI研究ポートフォリオは、新技術のもたらすベネフィットをフル活用するために必要となる技能 (skill) やナリッジ (知識) を取り上げているか?研究ポートフォリオのバランスは適切か?
  • 利用可能な資源はポートフォリオの各研究分野に適切に配分されているか?将来必要となる研究基盤を構築する為に、的確な投資が行なわれているか?産官学、および、国際パートナーシップは、政府ナノテクノロジー投資を最大限に活用するため、適切に利用されているか?
  • 研究プログラムのポートフォリオは、投資効率を最大化するような方法で調整されているか?
  • NNIはナノテクノロジーの進歩が社会に与える影響を十分に考慮しているか?
  • NNIの効果を評価する方法 (計測方法やマイルストーン等) は適切で意義のあるものか?多くのNNIの研究目標は10年〜20年先を対象としている。このようなプログラムの性格を考慮した場合、NNIプログラムを現時点で如何にして評価するべきか?
  • ナノテクノロジー将来投資の重要分野は何か?

NRCでは産学の適格者から成る評議委員会を創設し、上記の質問を念頭において、NNI開始後1年間の進捗状況を分析調査していた。その結果をまとめた同報告書で、NRCは、連邦政府省庁を取りまとめてNNIをスタートさせた全米科学財団 (National Science Foundation = NSF) の努力とリーダーシップ、および、NNIの主要調整メカニズムであるナノスケール科学工学技術小委員会 (Subcommittee on Nanoscale Science Engineering and Technology = NSET) のリーダーシップを賞賛する一方、NNIの今後の課題を指摘し、改善案を提示している。「米国ナノテクノロジー政策」シリーズの最終号である今回のレポートでは、このNRC報告書の概要を報告する。

 

国家ナノテクノロジー・イニシアティブ (NNI) 研究ポートフォリオの評価

NRCの評議委員会では、NNI研究ポートフォリオの調査結果を @ 研究ポートフォリオのバランス;A プログラムの管理と評価;B NNIパートナーシップ;C 適切な技能とナリッジ;D 社会科学とNNIというカテゴリーに分けて説明している。

1. 研究ポートフォリオのバランス

_ 教育と訓練: ナノスケール科学技術は、学際的な (interdisciplinary)(注2)性格から、専門分野の深い知識を身につけ、更に、特定分野の境界線を越えた学際的環境で仕事の出来る新しい種類の科学者やエンジニアを必要とする。NNIでは、NSFのナノスケール科学工学センター (Nanoscale Science Engineering Center = NSEC)、エネルギー省 (DOE) や国立衛生研究所(NIH) のグラントやプログラムによって、学際的研究者を養成する政府努力を推進しているが、未だに十分とは言えない。学際的研究者、および、複数科学分野を併合した研究グループを育てるインセンティブを大学に与える必要があるほか、学際的研究提案や複数科学分野共同の (multidisciplinary) 研究提案への資金提供を妨げている障壁を取り除く必要がある。

_ 高リスク研究と低リスク研究: 現行の研究支援システムは、グラント期間中に目標を達成する可能性がある低リスク研究に偏りがちである。NNIでは、高リスクの探査的 (exploratory) 研究向けに、NSFのナノスケール探査研究 (Nanoscale Exploratory Research) グラント等で資金を保留してはいるものの、グラント受給数は非常に限られている。NNIで支援する高リスク探査研究の数を増大することが必要である。

_ 資金の短期供与と長期供与: ナノスケール科学工学の持つ可能性を実現する為には、学際的文化の育成と革命的な高リスク研究の支援が不可欠であるが、長期資金提供のコミットメントなくしてこれらを達成することは出来ない。しかしながら、2002年度と2003年度の国防省NNI予算(注3)からも明らかなように、現在のNNI研究ポートフォリオは短期支援に偏りすぎている。NSFのNSECグラントが、学際的研究グループ養成の為に大学にある程度のインセンティブを提供してはいるものの、それ以上のメカニズムが必要である。また、大学に資金供与を行なう連邦政府省庁では、長期ビジョンを有するプログラム・マネージャーを養成する必要がある。

2. プログラムの管理と評価

NNIが単なる省庁毎プログラムの総計で終わらず、それ以上のものとなっているのは、NSETが堅固な土台を形成しているからに他ならない。しかしながら、各省庁がNNIに参加している理由は自省ミッションを成功させることにあるため、省庁間の情報交換は未だに不十分であり、各省庁は自己ミッションの殻を脱ぎ去ることが出来ず、真の意味での省庁間パートナーシップの数もごく僅かである。NRCでは、省庁間調整と協力を更に有意義なものにするために、学界や産業界のリーダーから成るナノ科学・ナノ技術諮問委員会 (Nanoscience and Nanotechnology Advisory Board = NNAB) という独立機関を、ホワイトハウスの科学技術政策局 (Office of Science and Technology = OSTP) の下に創設することを提言している。NNABは、NNIを監督する権限は持たないが、研究投資戦略やプログラム目標、省庁間戦略の調整等でNSETに助言を行なうことになる。

NNIは、実施後2年未満という若い政策であるため、現時点でNNIの実績を評価する方法は、NNI参加各省庁作成の行政実績成果法 (Government Performance and Results Act) 報告書に盛り込まれた各省庁のNNIプログラム評価を検討することに限られている。NRCでは、こうした部分別の査定ではなく、NNI全体としての評価が必要であると指摘し、NNI用の評価クライテリアを策定すべきであると提言している。また、NNIは各省庁のミッションに基づいたプログラムの集積という印象が強く、目標やテーマの重複(注4)の為に、せっかくのイニシアティブが台無しになっている。NRCでは、短期 (1年から5年)・中期 (6年から10年)・長期 (10年以上先) の目標を明示した新しい戦略計画を策定し、更に、グランド・チャレンジを書き直すことを提言している。

3. NNIパートナーシップ

NNIでは、ナノテクノロジーの推進に不可欠な官学連携、産官連携、および、産学連携といったパートナーシップを促進することで、数々の優れた研究技術開発活動を育成している。それがナノスケールR&Dへの民間投資を促すことになり、連邦政府のナノテクノロジー投資に梃入れする結果を生んでいる。ナノスケール科学工学分野での産学連携は、NSFのナノスケール学際研究チーム (Nanoscale Interdisciplinary Research Team) グラントに刺激されて増加傾向にあるほか、NSFが2001年9月に発表したナノスケール研究工学センター (Nanoscale Research and Engineering Center) 6ヶ所(注5) 創設計画によって更に順風に乗るものと見られている。連邦政府ではまた、政府ミッションを達成すると同時に政府資産の梃入れや基盤整備を進めるため、小規模技術革新研究 (Small Business Innovation Research) や小企業技術移転 (Small Business Technology Transfer )、先端技術計画 (Advanced Technology Program = ATP) や共同研究開発協定 (Cooperative R&D Agreement = CRADA) といったメカニズムを活用して、産官連携を促進している。NNIパートナーシップに対するNRC評議委員会の評価は概して肯定的で、連邦政府省庁間の連携が不十分であるという以外には、NNIパートナーシップの数やその効果の調査が困難であるという批判に留まっている。NRCでは、パートナーシップの成否と効果、および、連邦政府以外からの投入資金に関するデータを収集するため、NSETに長期的モニタリング方法を設立するよう勧告している。また、NNIは根本的には国内先導策であるものの、国際的パートナーシップによって得られる利益は多大であるとして、国際パートナーシップの拡大も提言している。

4. 適切な技能とナリッジ

NNIの下で、米国有名大学の多数の研究者が多様な科学分野において研究資金を受領し、連邦政府研究所は、自己ミッションに適合したナノスケール研究プログラムに投資を行なっている。NNIで支援しているナノテクノロジー・プロジェクトは、ナノスケール科学工学の開発を適切に推進しているように見うけられる。しかしながら、米国の現行教育システムは、諸科学の境界線を越えた学際的研究に従事することの出来る研究者を十分に生み出していないばかりか、現在のR&D文化は、昇進・終身在職権 (tenure)・研究グラント受給面での差別によって学際的研究を抑制する傾向にある。こうした文化が、ナノスケール科学技術の最前線に立つ高技能者グループの確保を困難にしている。学際的な訓練・研究環境を創り、大学院生やポスドクへの政府支援を拡大し、更には、学際的R&D文化を構築していくことが必要である。また、次世代の労働者が、ナノテクノロジーの進歩で出まれた製造・サービス部門の職につく為に必要な技能を有することを保証するため、初等・中等教育機関も学際的思考を履修課程に統合していく必要がある。

5. 社会科学とNNI

ナノテクノロジーが期待通りの成果を生むことになれば、教育・労働・生活の質という広範囲にわたって、米国人の生活は大きな影響を受けることになる。ナノテクノロジーに関する国民の啓蒙ではかなりの進展が見られる一方、ナノテクノロジーが社会に与える影響の研究は殆ど進んでおらず、NSFと国防省が[ナノテクノロジーのもたらす]社会的変化の予測・理解を追求するプログラムを実施しているに留まっている。NRCはNSF・国防省・その他省庁に対し、2003年度予算でナノテクノロジーの社会的影響調査に対する投資を増額するよう提言している。

重点投資分野

行政府の要請に応え、NRC評議委員会では、将来の重要投資分野に関する一連の答申も行なっている。下記の投資分野は、ナノテクノロジーの進歩がもたらす重要なベネフィットの実現、および、ナノテクノロジー分野における将来リーダーシップの確立にとって不可欠となる投資分野を検討することによって選定されたもので、6分野全てが、学際的科学を必要とするものとなっている。評議委員会はまた、NSETがNNIミッションや将来投資を検討する際には、広い視野に立って考えることが必要であると強調している。NRCが確認した重点投資分野は以下の通り:

  • ナノ材料 … NSETは、エレクトロニクス、環境・エネルギー、医療といった幅広い分野で利用可能なナノ材料の研究開発の支援・調整で優れた業績をあげている。NSETは、市場確立が近いと期待されているナノ材料科学分野に対する現行投資を、新しい特性を持つ材料の開発に重点をあてながら、今後も継続していくべきである。
  • ナノテクノロジーと生物学のインターフェース (共通領域) … NNIと生物学・バイオテクノロジー・生命科学との関連はいくら強調してもしすぎることがない。科学界はナノスケールの生物学研究とバイオ医療研究の重要性を十分認識しており、NSETはこうした状況下で、ナノスケール科学技術と生物学・バイオ医療に共通する研究分野への投資促進でまずまずの成績をあげている。NSETは、ナノテクノロジーと生物学・バイオ医療に共通する研究領域への投資拡大方法を検討すべきである。
  • ナノシステムの統合 … 分子とナノスケール部品を統合して高度な構造 (structure) を作り上げることは、実用的なナノデバイスを作成する為に克服しなければならない課題である。情報密度の低い極めて普通のナノ構造を作成する既存システムを改良する為には、トップダウン型とボトムアップ型のアプローチを組み合わせることが必要となる。こうした複雑で段階的なアプローチを踏むナノシステムの統合には、長期的な投資コミットメントが不可欠である。
  • 基盤整備と研究機器(instrumentation) … NNIの最も重要な投資分野の一つが、ナノテク-バイオ共通領域の研究を支援する研究機器や施設の開発である。NSETは、DOEのナノスケール科学技術センター (Nanoscale Science and Technology Center) やNSF支援の国家ナノ加工利用者ネットワーク (National Nanofabrication Users Network = NNUN) に見られるように、研究機器や施設の開発・支援・利用推進で優れた業績をあげているが、こうしたユーザー施設の装置は殆どが伝統的な研究向けであって、非標準的な材料を扱うナノテク-バイオ研究者の役には立っていない。NSETは、マルチユーザー向け施設の開発を推進・支援していく必要がある。また、こうした大型ユーザー施設の支援に加えて、NNIは新型研究機器開発への投資も大幅に増額すべきである。 
  • 長期投資 … ナノテクノロジーは今後数十年間、社会や経済に深い影響をもたらすものと見られている。ナノテクノロジーのロードマップ策定や産業R&D予算決定に携わる産官の当局者には、長期的な視野が求められる。商業化が20〜30年先という研究を短期的見返りなしに数十年間も追求することは、スタートアップ企業はもちろん、大企業であっても困難であるため、大学や連邦政府研究所の活動を拡大して、重要なブレークスルーに備えた基礎カ固めを行なう必要がある。連邦政府はまた、産業界の研究を奨励し、ブレークスルー達成に必要な産官学パートナーシップを長期的に支援する新たな方法を検討する必要もある。
  • 特別な技術課題 … ナノ構造には、その電気的・機械的・光学的・材料的・化学的特性と関連する数々の技術課題がつきまとう。NSETは、こうした課題を出来るだけ早く確認し、対応していく必要がある。

提言

全体的には、NNIの調整・管理は実施初期段階としては非常に順調であるといえる。NNIに存在する幾つかの問題点を改善し、政府投資を最大活用するため、同報告書は下記の10提言を行なっている:

  • OSTPは、NSETのメンバーに研究投資政策・研究戦略・プログラム目標・管理運営プロセスで勧告する独立機関として、ナノ科学・ナノテクノロジー諮問委員会 (NNAB) を創設する。
  • NSETは、短期 (1年〜5年)・中期 (6年〜10年)・長期 (10年以上先) の研究目標を明確にした戦略計画を策定する。長期目標はナノテクノロジー商用化におく。
  • ナノスケール科学技術の持つ可能性を十分発揮できるよう、長期的資金提供を支援する。
  • NSETは、ナノスケール技術と生物学の組み合わせであるナノテクR&Dに従事する省庁への提供資金を増額する。
  • NSETは、ナノレベルのモデリング・操作等に必要な分析計器の発明・開発を促進する計画を制定する。
  • ナノスケール科学技術に関する省庁間研究プログラムを支援するホワイトハウス特別寄金を創設する。OSTPが管理する同基金は、ミッションが交錯する意義ある省庁間協力を支援するために使用され、特に、NIH・DOE・NSF間の連携に焦点をあてる。
  • NSETは、ナノスケール科学技術の為に学際的なR&D文化を育成する。
  • NNIから生まれた進歩の商用化を加速するため、国内および国外での産業パートナーシップを推進する。
  • NSETは、ナノスケール科学技術の持つ社会的意義がNNIの重要要素となることを保証するため、新たな資金提供戦略を策定する。
  • NSETは、NNIの目標達成効率を評価するために、質・妥当性・生産性・資源といった計測可能な業績評価方法を設定する。


注1:出版前の報告書であり、印刷に回される最終版には若干の変更が加えられている可能性がある。

注2:同報告書では、interdisciplinaryとmultidisciplinaryを区別している。Interdisciplinaryは、各研究者が2つ以上の隣接科学分野に精通していることを意味し、multidisciplinaryは、1分野の専門家が自らの専門分野に根を下ろしたままで、他分野の専門家と協力することを意味する。

注3:国防省の2002年度・2003年度NNI予算は全体では増額しているものの、ナノテクノロジーの科学的発見を新技術に利用する応用研究に重点が移り、基礎研究予算は減少している。国防省のNNI予算については、NEDO海外レポート第888号に掲載の「米国のナノテクノロジー政策(その2)」を参照されたい。

注4:グランド・チャレンジ」の目標と「基礎研究」「優良センターと優良ネットワークの構築」の目標が重複していることが、その一例である。

注5:コロンビア大学、コーネル大学、ハーバード大学、ノースウェスト大学、ライス大学、レンスラーポリテクニック研究所の6大学に創設されるNRECには各々、産業界パートナーとの協力が義務付けられている。


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