(2002/9)

米国企業の中国における基礎研究所設置の動きとその背景

2002年9月
NEDワシントン事務所

1.概要

近年、日本企業の中国進出に伴い、国内製造業の空洞化に対する懸念が高まっているところであるが、米国企業においては、現地に即したデザインの変更、具体的な商品の開発の段階をはるかに超え、基礎的な研究を行う研究所までも、一部、中国本土で展開する大企業が相次いでいる。

米国の大企業では90年代に入り、大幅なリストラを行う過程で、Corporate Laboratory(中央研究所)を縮小し、基礎的な研究を米国内の大学に依存するモデルが定着していたところ。しかし、近年の中国政府による各種の帰国奨励策及び米国における政府予算の偏在化に伴う材料、化学等の一部の分野における米国大学の研究環境の悪化から、米国で教育を受けた優れた中国人研究者が中国に戻り始めており、それらを追って、米国企業の基礎的な研究所が中国に展開している状況。

その主な理由として、(にわかには信じられないが)“有能な人材及び優れた研究施設を求めて仕方なく基礎的な研究機能の一部を中国に設置している”とのことであるが、民間企業、学識経験者、政府関係者の間でも、“中国に対してロイアリティーを示す範囲をはるかに超えている”“中国国内で次世代を担う優れた人材を育成することになりかねない”として、このような現象について懸念を表する動きもある。

今年の通商白書を見る限り、日系企業においては未だこのような状況には至っていないようだが、米国企業の近年のこのような動きについて、その現状、要因等について関係者等からのヒヤリング、公開資料等をもとにまとめてみた。

 

2. 米国企業の研究所の中国への設置の動き

将来のマーケットを睨んだ動きであることもあり、最終消費財・サービスに関連する企業(携帯電話、テレコミインフラ等)が中心となっている。

また、例えば、ソフトウェアのように中国語という特殊性を踏まえた研究を行うという例が散見されるが、一方で、素材等の企業も進出している。

米国大企業による中国への基礎的研究所の設置状況

企業名
場所
研究開発内容

GE

Pudong Zhangjiang High-Tech Zone

GEのグローバルR&Dセンターとして、米国、インドに続く第3の拠点。

2000年にShanghaiにR&Dセンターを設置、2003年には、これを拡大しZhangjiang High-Tech Zoneにイメージ処理、エレクトロニクス、IT、素材を対象にする研究所を設置予定。

Lucent Technology

Shenzhen

1997年にBell Lab Chinaを設立、北京大、上海Jiaotong大等と共同研究開始。2000年R&Dセンターを設立し、光ネットワーク、プロトコル、NGI等について研究を実施。

Motorola

Shanghai等

中国各地に18のR&D拠点を設け1,000人以上の研究・技術者を雇用。1999年にはMCRDIを設置し基礎的研究にも注力、研究開発費は3億ウ。最大拠点は上海。中国でのプレゼンスが最も高い米メーカーの一つ。

DuPont

Shenzhen

1998年に上海DuPont Technologyを設立。R&D、技術支援、に加え、地元の研究機関、大学に対しスポンサー研究を委託。

IBM

Peking University、
Tsinghua University

IBM Innovation Institute を設置。電子商取引、ノレッジマネージメント、高度演算処理などの分野でソフトウェアを開発。基礎的

Analog Devices

Beijing

The Beijing Design Centerを設置し、半導体設計、最先端シグナルプロセシングに関する研究を実施。

Intel

Beijing

The Intel China Research Center <言語・筆記認識技術>、the Wireless Technology Development Center<ワイヤレス>, Internet Exchange Architecture Development Center<電気通信技術、ネットワーク>等を設置

Microsoft

Shanghai

Software R&D センター設置

Hewlett Pakacard

Shanghai

HP China Software Research Center設置

Procter&Gamble

Tsinghua University

R&Dセンター設置。同社のグローバルR&D研究者8500人のうち、200人を中国に配置。

3. 中国への研究所設置に至る背景

(1)人材面での要因

従来、米国の大学院生の約半分が中国、インド出身の学生だと言われており、彼らはそのまま米国内の大学・企業に就職し、研究を行ってきたことから、中国、インド等からの優れた研究者等が確保できていた。しかし、最近は、優秀な人間が自国に戻る、あるいは米国に来たがらない傾向にある。これには、いくつかの理由が挙げられるが、主なものとして、以下の点が指摘されている。

@中国側の人材優遇策

これまで米国内の大学、研究機関で長年研究を行っていた研究者が、中国のアカデミア等から高いポストと優れた研究環境を提示され、中国に帰る事例が後を絶たない。給与自身は公務員であり、さほど優遇されないが、住宅等のフリンジベネフィットや、ポストとしての魅力、優れた研究環境は魅力的とのこと(米国でPhD所得後、中国科学院の招きで大学の研究機関の所長に就任した若手研究者)。

そして、米国から見て、脅威を感じることは、彼らが中国国内で次世代を担う、優れた研究者・技術者を育成することとなる点である(Corning)と言われている。

A米国政府研究開発投資の偏在

この数年間、米国連邦政府の研究開発資金がバイオ分野を中心に流れ込み、それ以外の物理、化学や材料分野の政府研究予算はほとんど伸びておらず、インフレ分を考慮するとむしろ減少傾向にある。

これらの分野においては、十分な研究資金がないことから、優れた研究者を雇用できないし、博士課程の学生も維持できずPhD数も減少する傾向にある。そして、これまで連邦政府の資金で雇われてきた優れた中国人研究者が維持できない状況に至っている。

(なお、一部分野における資金面での問題は、米国有名大学でも直面しつつあり、MITでは資金供給の確保ためシンガポール大学等海外の大学から資金的支援を受ける等の事例も散見される)。

(2)研究環境面での要因

近年、中国科学院が中心となり政府として、科学分野に大きな予算を割り当てて来ており、その結果、中国の大学等に世界でも屈指の最新鋭の研究施設・機器が導入される等環境面で向上している。

例えば、上海に科学院の予算で作られた世界で唯一の最新式のセラミック・プロセス設備があり、そこには、中国の優れた研究者や研究スタッフも揃っている。そして、共同研究関係にある米国企業の研究所は、その世界最高の設備と研究者等の環境を利用可能となっている。米国の大学にはそのような施設はなく、またあったとしても、タイム・シェアでしか利用できないので研究効率が悪く、米国企業にとって共同研究を行う魅力に乏しい(GE)。

また、研究棟の無償貸与等の経済面での直接的優遇措置も、企業の判断には、インパクトがあるとの指摘もある(Motorola)。

(3)ITインフラ等の急速な整備

中国では、今後5−8年間で$30Billの資金を投じて光ファイバー等の敷設整備を図る計画であるといわれている。既に、上海においては、ITインフラについては、米国の主要都市を上回る状況に置かれており、米国内でなかなかBroadband網の整備が進まない現実へのあせりもあって、中国都市部への感心は高まりを示している(Motorola)。

(4)以上見たように、米国の企業からすれば、WTO加盟を控え、より現実味を帯びた巨大マーケットとして期待が持たれる中国に対して、様々な形でロイヤリティーを示すことが求められる状況に置かれている。

一方で、企業は競争力を維持し続けるため、特に基礎的な研究の分野では、その場所を問わず優れた人材(Talent)を世界に求めざるを得ない状況にある。

これまでは、米国内における研究環境が優れていたものの、近年、@中国等からの優れた研究者、PhDを米国の大学、非営利研究機関が受入れようにも一部の分野(材料、物理、化学等)では政府からの予算が不十分で人件費が出せず実現できないし、最新の研究施設・機器も購入できず、有能な人材を惹きつけ得る状況では無くなっていること、また、A中国の帰国優遇策もあり、これら人材が中国の大学、研究機関に戻っている。

そして、そのような優秀な人材を求め、また、中国の大学、研究機関等との関係維持のため、米国企業は基礎的な研究を行う拠点の一つとして研究所を中国に立地する動きとなっている。

これに対して、“中国に対してロイアリティーを示す範囲をはるかに超えている(ハーバード大Branscomb教授)”、“中国国内で次世代を担う優れた人材を育成することになりかねない”として、このような現象について懸念を表する動きもある。

 


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