(2004/1/28)

21世紀ナノテクノロジー研究開発法(その2)
--- 法令解説 ---

NEDOワシントン事務所
松山貴代子
平成16年1月21日

 

前回のレポートでは、「21世紀ナノテクノロジー研究開発法(以下「ナノテクノロジー法」という)」の概要を報告した。ここでは、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(National Nanotechnology Initiative = NNI)、「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案(21st Century Nanotechnology Research and Development Act:上院第189号議案)」(*1) 、および、「2003年ナノテクノロジー研究開発法案(Nanotechnology Research and Development Act of 2003:下院第766号議案)」(*2) との比較を加えながら、「ナノテクノロジー法」に見られる幾つかの特徴を解説していく。

A. ナノテクノロジー研究開発予算

「ナノテクノロジー法」の条項で最も注目を集めるのは、やはり、ナノテクノロジー研究開発(R&D)に対する予算配分であろう。「ナノテクノロジー法」では、2005年度予算として約8億1,000万ドル、2006年度には8億9,000万ドル、2007年度には9億5,500万ドル、そして、2008年度予算として10億2,400万ドルの、総額約36億7,900万ドルを認可している。NNIの下で計上される2004年度ナノテクノロジーR&D予算が約8億4,900万ドルであることを考慮すると、「ナノテクノロジー法」の認可予算額が必ずしも大幅増額ではないという印象を受けるかもしれないが、これは、「ナノテクノロジー法」の予算配分対象が全米科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)、米航空宇宙局(NASA)、国立標準規格技術研究所(NIST)そして、環境保護庁(EPA)の5省庁だけであって、NNIで予算配分を受けていた国防省(DOD)、国立衛生研究所 (National Institutes of Health = NIH)、農務省(USAD)、司法省(DOJ)、及び、国土安全保障省(DHS)が含まれていないためである。

NNIの下で大規模な予算配分を受けていたDODとNIHが「ナノテクノロジー法」の予算認可対象から外されたのは、上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会に与えられている管轄権と関係がある。つまり、上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会はDODやNIHへの予算権限を持たないため、「ナノテクノロジー法」にDODとNIHへの予算認可が盛り込まれていた場合には、この2省庁の予算を管轄する上院および下院の各担当委員会において法案を審議する必要が発生していたわけである。しかしながら、この立法手続きを踏んだのでは採決までに時間がかかり、せっかくの法案可決へのモメンタムが損なわれる危険性があると判断した上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会が、DODとNIHへの予算認可を外した「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案」を各々の本会議で審議にかけて可決に持ち込むという作戦をとった (*3) わけである。

(表1)ナノテクノロジーR&D予算

(単位:百万ドル)

NNI
21世紀ナノテクノロジー研究開発法
FY2003
FY2004 (*4)
FY2005
FY2006
FY2007
FY2008

NSF

221

249

385

424

449

476

DOD

243

222

-

-

-

-

DOE

89

197

317

347

380

415

NASA

33

31

34

38

40

42

NIST (DOC)

66

62

68

75

80

84

NIH (HHS)

65

70

-

-

-

-

EPA

5

5

6

6

6

7

DOJ

1

1

-

-

-

-

USAD

1

10

-

-

-

-

DHS (TSA)

2

2

-

-

-

-

合  計

770
(5省庁:)414

849
(5省庁:544)

810

890

955

1,024

NSF、DOE、NASA、NIST、そして、EPAの5省庁予算の総額を比較すると、2005年度の認可額は2004年度予算(5億4,400万ドル)の約50%増であり、「ナノテクノロジー法」の予算認可最終年度である2008年度予算に至っては、2004年度予算を4億8,000万ドル(約90%増)も上回る大幅増額であることが明白となる。省庁別に見ると、NSFとDOEの予算は他の3省とは比較にならない大規模な増額であり、2005年度から2008年度までの各会計年度においては、「ナノテクノロジー法」で認可する予算総額の約87%がこの2省に計上されている。

米国のナノテクノロジーR&D予算に触れる際には、DODとNIHが「ナノテクノロジー法」の認可対象外であるということが、両省がナノテクノロジーR&D予算を持たず、研究を行わないことを意味するわけではないという点に留意する必要があろう。現に、「ナノテクノロジー法」に盛り込まれた「国家ナノテクノロジープログラム(以下「プログラム」という)」の企画・管理・調整に関する条項では、国家科学技術会議(National Science and Technology Council = NSTC)は(DODの)防衛ナノテクノロジー研究開発プログラムやNIHの活動も含め、「プログラム」の省庁間調整を監督すると定めている。これは、DODとNIHがナノテクノロジーR&Dを行うことを示唆するものであり、従って、実際の米国ナノテクノロジーR&D予算は表1の認可総額をかなり上回るものと見て間違いはないと言える。

B. 「プログラム」の管理・調整

NNIは、連邦各省庁のナノスケールR&Dプログラムの管理と調整を担当する主要機関として、ホワイトハウス科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy = OSTP)の国家科学技術会議(National Science and Technology Council = NSTC)技術局(Office of Technology)の下にナノスケール科学工学技術小委員会(Subcommittee on Nanoscale Science engineering and Technology = NSET)(*5) を創設した。更に、NSETを技術面・管理面で日常的に支援する事務局として、全米ナノテクノロジー調整局(National Nanotechnology Coordination Office = NNCO)も設置している。

一方、「ナノテクノロジー法」では、NSTCが「プログラム」の企画・管理・調整を担当し、NSTCが自ら、又は、NSTCが指名または創設するサブグループを通じてこれらの業務を実行すると定めている。しかしながら、NSTCは大統領を議長とし、副大統領・OSTP局長・各省庁長官・ホワイトハウス高官で構成される閣僚レベル会合であるため、「プログラム」の企画・管理・調整をNSTCが自ら行うとは考え難い。NSTCの技術局スタッフによると (*6) 、NSTCはNNIによって創設されたNSETをサブグループとして維持する意向であるという。従って、「プログラム」の管理・調整は実質的には、NNIの下で構築されたシステムとほぼ同様の管理体制で行われるものと予想される。但し、NNCOに関しては、「ナノテクノロジー法」によって局長と常勤スタッフが置かれることになり、NSTC(現実にはNSET)と国家ナノテクノロジー諮問委員会(National Nanotechnology Advisory Panel:以下「諮問委員会」という)を技術面・管理面で支援していくことになる。

C. 「諮問委員会」

クリントン前政権の終期にホワイトハウス国家経済会議(National Economic Council)とNNI参加省庁から要請を受けて、NNIの査定評価を実施した全米科学アカデミーの全米研究委員会(National Research Council = NRC)は、2002年6月に報告書 (*7) を発表し、研究投資政策・研究戦略・プログラム目標・管理運営プロセスでNSETメンバーに勧告を行う独立機関として、学界や産業界のリーダーから成るナノ科学・ナノテクノロジー諮問委員会(Nanoscience and Nanotechnology Advisory Board = NNAB)をOSTPの下に創設することを提言した。

上院第189号議案と下院第766号議案はこのNRC提言を受け入れ、連邦政府高官や職員を含まない (*8) 、学界と産業界のりーダーから成る諮問委員会の創設を提案していたが、最終的に成立した「ナノテクノロジー法」の条文は、「諮問委員会」は主として、学究機関と産業界のメンバーで構成されるというもので、「諮問委員会」のメンバーに連邦政府高官を含めることが可能なように変更されている。NSTCの技術局スタッフによると、ブッシュ大統領が大統領の科学技術政策諮問委員会(President's Council of Advisors on Science and Technology Policy = PCAST) (*9) を「ナノテクノロジー法」の定める「諮問委員会」にすることを希望しているために、この変更がなされたという。PCASTのメンバーは、共同議長であるMarburger OSTP局長以外は大学の学長や有名企業の社長・幹部クラスであるが、各人の略歴を見ると、「ナノテクノロジー法」が特定する「諮問委員会」メンバーの資格 (*10) を有しているといえるのかどうか、少なからず疑問が沸いてくる。ナノテクノロジー専門家の集まりであるとは到底言えないPCASTを「諮問委員会」に指定することを、ブッシュ政権が「ナノテクノロジー法」の下でどのように正当化するのか、今後のホワイトハウスの動きが注目されるところである。

D. 今後のスケジュール

「ナノテクノロジー法」は、「プログラム」の予算策定・調整・運営・評価等についてスケジュールを設定しているが、こうした条項は法令の中に散在しているため、具体的に今後のタイムラインを把握することは容易なことではない。OSTPやNSTC、及び、「諮問委員会」やNNCOに義務付けられた今後の活動を時間の流れに沿って整理したものが下記の表である。

(表2)「ナノテクノロジー法」のタイムライン

12/03/2003

「21世紀ナノテクノロジー研究開発法」の成立

2/02/2004 (*11)

NSTCは、「プログラム」の@現行予算;A次年度(FY2005)予算;B進捗状況の分析;C「諮問委員会」提言の履行状況分析;D中小企業革新研究(SBIR)プログラムや中小企業技術移転研究(STTR)プログラム等の連邦プログラムの活用状況評価を盛り込んだ年次報告書を作成し、大統領の2005年度予算教書提出時に、上院商業科学運輸委員会、下院科学委員会、及び、その他該当委員会に提出する。

法令施行後
90日以内

OSTPは、NNCOの予算ニーズに関する報告書を下院科学委員会と上院商業科学運輸委員会に提出する。

法令施行後
6ヶ月以内

NSTCは、米国ナノテクノロジー準備センター(American Nanotechnology Preparedness Center)とナノ材料製造技術センター(Center for Nanomaterials Manufacturing) のリード機関、及び、各センター設置の責任を担う省庁を明確にした報告書を下院科学委員会と上院商業科学運輸委員会に提出する。

10/01/2004

2005会計年度の開始

法令施行後
12ヶ月以内

NSTCは、参加省庁の目標・優先事項・期待される成果を達成するため、「プログラム」活動の指針となる戦略プランを策定する。同戦略プランは3年毎にアップデートされるものとする。

法令施行後
12ヶ月以内

「諮問委員会」は、@ナノテク科学工学の動向と発展;A「プログラム」実施の進捗状況;B「プログラム」の各構成分野のバランス等に関する査定評価、及び、「プログラム」改善方法に関する提言を大統領に提出する。報告書は最低でも2会計年度に一回の頻度で作成されるものとする。

2/2005

NSTCは、「プログラム」の@現行予算;A次年度(FY2006)予算;B進捗状況の分析;C「諮問委員会」提言の履行状況分析;D中小企業革新研究(SBIR)プログラムと中小企業技術移転研究(STTR)プログラムといった連邦プログラムの活用状況の評価を盛り込んだ年次報告書を作成し、大統領の2006年度予算教書提出時に、上院商業科学運輸委員会、下院科学委員会、及び、その他該当委員会に提出する。

法令施行後
18ヶ月以内

NSTCは、米国ナノテクノロジー準備センターとナノ材料製造技術センターの設立状況に関する報告書を上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会に提出する。

6/10/2005

NNCOは、全米科学アカデミーの全米研究委員会(NRC)に委託して3年毎に作成する「プログラム」査定評価の第1回報告を、「諮問委員会」・上院商業科学運輸委員会・下院科学委員会に提出する。

全米科学財団(National Science Foundation)は、ナノテクノロジーの国際市場が今後10年間で1兆ドルを越えるまでに成長すると推定している。こうした新興の巨大市場においてリーダーの座を獲得するためには、産官学が一丸となってナノテクノロジーR&Dを推進することが必要である。クリントン前政権の設立したNNIは、民間企業・学究機関・一部連邦政府研究所が独自に行なっていたナノテクノロジーR&D努力を、国家レベルで進めていくための政策第一号であったと言える。NNIの弱みは法的な権限認可を欠く為に財政事情によっては予算影響を受けやすいという点であったが、「ナノテクノロジー法」が成立したことにより、米国のナノテクノロジーR&D投資は法的な認可を獲得したわけである。今後は、「プログラム」の管理・調整担当機関であるNSTCを軸として、連邦省庁・民間企業・学究機関が協力して推進していくナノテクノロジーR&Dの動向が注目される。


*1:ここでいう上院第189号議案は、Ron Wyden上院議員(民主党、オレゴン州)とGeorge Allen上院議員(共和党、バージニア州)が2003年1月16日に提案した原案を指す。

*2:ここでいう下院第766号議案は、下院本会議が2003年5月7日に可決した法案を指す。

*3:リサーチャーのStephen Loiaconiが問い合わせ、上院商業科学運輸委員会の民主党スタッフから得た回答。

*4:2004年度予算は、2003年10月1日から2004年9月30日までの予算であるが、これまで(2004年1月21日現在で)に成立した歳出予算法案は13本の内、僅か3本にすぎない。残り10本の歳出法案は包括歳出法案に一括され、下院で2003年12月8日に可決されたものの、上院本会議での審議が行き詰まっている。従って、この数値は確定ではない。

*5:NSETは、NNIに参加する12省庁の代表者、OSTP・NSTC・行政管理予算局(OMB)の各代表、および、運輸省・食品医薬品局(FDA)・インテリジェンス技術革新センター(Intelligence Technology Innovation Center)の代表者で構成されている。

*6:リサーチャーのStephen Loiaconiによる電話インタビュー。

*7:"Small Wonders, Endless Frontiers: A Review of the National Nanotechnology Initiative"

*8:上院第189号議案は モindividuals not employed by the Federal Governmentモ、下院第766号議案では メnon-Federal membersモ と定めていた。

*9:PCASTの共同委員長の一人がOSTPのJohn Marburger局長である為、同氏をメンバーとして認めるためにこの変更が必要となった。

*10:「ナノテクノロジー法」では、ナノテクノロジー研究、開発、実証、教育、技術移転、商用利用、又は、社会・倫理的問題に関して勧告や情報提供をする資格を持つ者と定めている。

*11:NSTCの技術局スタッフによると、「ナノテクノロジー法」成立(2003年12月3日)後、僅か2ヶ月という短期間ではあるものの、NSTCでは、2005年度大統領予算教書が発表される2月2日に、この報告書を予算教書の補足資料の一つとして議会に提出する予定であるという。


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