(2004/1/15)

21世紀ナノテクノロジー研究開発法(その1)
--- 成立までの過程とその概要 ---

NEDOワシントン事務所
平成16年1月7日
松山貴代子

クリントン前政権の策定した国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(National Nanotechnology Initiative = NNI)の法制化が議会で審議(*1) されるようになってから約1年3ヶ月を経過した2003年12月3日に、ブッシュ大統領が「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案(21st Century Nanotechnology Research and Development Act)」に署名し、待望の米国ナノテクノロジー法が成立することとなった。「21世紀ナノテクノロジー研究開発法(以下「ナノテクノロジー法」という)」は、大統領に、国家ナノテクノロジープログラム(National Nanotechnology Program)の実施;国家ナノテクノロジープログラムの調整事務局となる全米ナノテクノロジー調整局(National Nanotechnology Coordination Office = NNCO)の設置;国家ナノテクノロジー諮問委員会(National Nanotechnology Advisory Panel:以下「諮問委員会」という)の設置とそのメンバー指名を義務付けているほか、全米科学財団(National Science Foundation = NSF)、エネルギー省(DOE)、米航空宇宙局(NASA)、国立標準規格技術研究所(National Institute of Standards and Technology = NIST)、環境保護庁(EPA)の5省庁に対して2005年度から2008年度までの予算を認可している。ここでは、「ナノテクノロジー法」成立までの過程と、同法令の内容を概説し、第2レポートでは、NNIとの比較を含めながら「ナノテクノロジー法」を解説していく。

A. ナノテクノロジー法成立までの過程

Ron Wyden上院議員(民主党、オレゴン州)が2003年1月16日に、George Allen上院議員(共和党、バージニア州)と共同で上院に提出した「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案(上院第189号議案)」は、同6月19日に上院科学商業運輸委員会で可決された後、上院本会議での審議・採決を待つこととなった。一方、下院科学委員会のSherwood Boehlert委員長(共和党、ニューヨーク州)が2003年2月13日に下院に提出した「2003年ナノテクノロジー研究開発法案(Nanotechnology Research and Development Act of 2003:下院第766号議案)」は、同5月1日に下院科学委員会で審議・可決され、5月7日には下院本会議で405対19という圧倒的多数で承認されるという快進撃を成し遂げた。

2003年6月19日の上院科学商業運輸委員会での可決後、暫く動きのなかった「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案」が、上院本会議で可決されたのは同11月18日のことであった。米国の立法過程でいくと、下院本会議で可決済みの下院第766号議案と上院本会議が可決した上院第189号議案の相違点を擦り合せるために、上下両院協議会が開催されるのが通常である。しかしながら、今回のナノテク法案に関しては、上院本会議における審議・採決の前に、上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会が交渉を行ない、上院案と下院案との相違点を既に調整し終っていたため、11月18日に上院本会議で可決された「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案」はそのまま、下院本会議へと上程されることとなった。下院本会議は11月20日に同法案を審議し、発声投票をもってこれを可決。「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案」はブッシュ大統領へと送られ、12月3日のホワイトハウスにおける式典で大統領の署名を受け、法律として成立するに至っている。

B. 「ナノテクノロジー法」の内容

ナノサイエンス、ナノエンジニアリング、ナノテクノロジー研究等への予算を認可する「ナノテクノロジー法」の概要は下記の通り:

1. 国家ナノテクノロジープログラム(National Nanotechnology Program)

(a) 大統領は、国家ナノテクノロジープログラム(以下「プログラム」という)を実施する。「プログラム」は、当該省庁・委員会・NNCOを通じて、@連邦政府ナノテクノロジー研究開発(R&D)やその他活動の目標、優先事項、及び、査定基準を設定し;A目標達成のため、ナノテクノロジー及び関連科学分野の連邦政府R&D計画に投資を行ない;B各省庁のナノテクノロジーR&D及びその他活動の省庁間調整を行う。

(b) 「プログラム」は、下記の活動を行なう:

  • ナノレベルでの制御や操作を可能にする物質に関する根本的理解を深める。
  • 単独研究者や学際的研究チームにグラントを給付する。
  • 先端技術ユーザー施設やセンターのネットワークを創設する。
  • 学際的ナノテクノロジー研究センターを創設する。センターは、歴史的に黒人や少数民族が多い大学の参加を推進するため、全国に散在して設置されることとし、@技術情報や最善慣行(best practices)に関する意見交換を推進し;A既存の専門知識、及び、ミクロメーターレベルでの現行R&Dを最大限活用していく。
  • 米国の生産性と産業競争力を強化するため、長期的なナノテクノロジー研究に安定した一貫性のある投資を行なう。
  • 民間部門におけるナノテクノロジーR&Dの応用・普及を推進する。
  • ナノテクノロジーに必要な学際的視点を有する研究者や専門家の育成を狙った教育や訓練を提供する。
  • ナノテクノロジー開発の段階において、倫理面・法律面・環境面・社会面での問題を十分に検討する。

(c) 「プログラム」の企画・管理・調整は、国家科学技術会議(National Science and Technology Council = NSTC)が担当する。NSTCは、自ら、又は、NSTCが指名又は創設するサブグループを通じて、下記の活動を行なう:

  • 国家的ニーズに基づき、「プログラム」の目標と優先事項を設定する。
  • 防衛ナノテクノロジー研究開発プログラム(Defense Nanotechnology Research and Development Program)(*2) や国立衛生研究所(National Institutes of Health = NIH)の活動も含め、「プログラム」の省庁間調整を監督する。
  • 同法令制定後12ヶ月以内に、「プログラム」の活動を指導し、参加省庁の目標や優先事項を達成する為の戦略プランを策定する。その後3年毎に同戦略プランを更新する。
  • 均衡のとれたナノテクノロジー研究ポートフォリオを維持するため、調整済みの「プログラム」省庁間予算を行政予算管理局(OMB)に提案する。
  • 学界、産業界、州政府、地方政府、及び、ナノテクノロジーの研究・使用を行なっているその他機関と情報交換を行う。
  • 民間部門におけるナノテクノロジーの応用・普及を推進するため、中小企業革新研究(SBIR)計画や中小企業技術移転研究(STTR)計画といった連邦政府プログラムを活用するプランを策定する。
  • 参加省庁の現行研究計画が見落としている研究分野を確認する。

(d) NSTCは、「プログラム」の@現行予算;A次年度予算;B進捗状況の分析;C「諮問委員会」提言の履行状況分析;DSBIR計画やSTTR計画といった連邦プログラムの活用状況評価を盛り込んだ年次報告書を、大統領予算教書提出時に上院商業科学運輸委員会、下院科学委員会、及び、その他該当委員会に提出する。

2. 「プログラム」の調整

(a) 大統領は、全米ナノテクノロジー調整局 (NNCO) を設置し、局長と常勤スタッフを置く。

NNCOは、@NSTCと「諮問委員会」を技術面・管理面で支援し;A連邦機関・学界・産業界・専門家グループ・州政府等の情報交換で連邦政府ナノテクノロジー活動のコンタクトポイントを務め;B「諮問委員会」の調査結果や提言の公表を含む広報活動を行ない;C「プログラム」から生まれた技術・革新・専門知識の早期応用を推進する。

(b) NNCOの予算は、公法108-7号の第631条に従い、省庁間予算で賄うものとする。

(c) ホワイトハウス科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy = OSTP)局長は同法令施行後90日以内に、NNCOの予算ニーズに関する報告書を上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会に提出する。

3. 国家ナノテクノロジー諮問委員会(「諮問委員会」)

(a) 大統領は、国家ナノテクノロジー諮問委員会を創設し、メンバーを指名する。

(b) 「諮問委員会」は主として、学究機関と産業界のメンバーで構成され、そのメンバーは、ナノテクノロジーの研究、開発、実証、教育、技術移転、商用利用、又は、社会・倫理的問題に関して勧告や情報提供をする資格を持つ者とする。

(c) 「諮問委員会」は、下記に関して大統領やNSTCに勧告する:

  • ナノテクノロジー科学工学の動向と発展
  • 「プログラム」の管理・調整・活動、及び、その実施進捗状況と改定の必要性
  • 「プログラム」の各構成分野の予算レベル等、各構成分野のバランス
  • 「諮問委員会」の策定した各構成分野・優先事項・技術目標が、ナノテクノロジー分野でのリーダーシップ維持に役立っているか否か
  • 「プログラム」は、社会面・倫理面・法律面・環境面・労働面での問題を十分に取上げているか否か。

(d) 「諮問委員会」は最低でも2会計年度に一回の頻度で、前述の査定評価、および、「プログラム」の改善方法に関する提言を大統領に提出する。第一回報告書は、同法令施行後1年以内に提出されるものとし、OSTP局長が報告書のコピーを上院商業科学運輸委員会、下院科学委員会、および、その他該当委員会に配布する。

4. 外部機関による3年毎の「プログラム」レビュー

(a) NNCOの局長は、全米科学アカデミーの全米研究委員会(National Research Council)と締結し、3年毎に「プログラム」の査定評価を実施する。査定項目は下記の通り:

  • 「プログラム」の技術面での実績評価
  • 省庁間研究分野(discipline)間の枠を越えた「プログラム」管理・調整の見直し
  • 各省庁の「プログラム」活動予算レベル、及び、各省庁が予算内で「プログラム」の目標を達成出来るか否かの評価
  • 「プログラム」が、民間部門への技術移転、及び、学際的R&Dの推進で成果をあげているかどうかの評価
  • 「プログラム」が倫理面・法律面・環境面・社会面の問題を十分に検討しているか否かの評価
  • 「プログラム」の新目標、又は、目標改正の勧告
  • 「プログラム」に掲げられた目標を達成する為に必要な新しい研究分野、パートナーシップ、管理メカニズムや計画の勧告
  • 「プログラム」の目標達成度を評価する査定基準の改善を勧告
  • NNCOの業績の見直し
  • ナノテクノロジーR&Dに関し、米国とその他諸国の現状を比較分析
  • ナノテクノロジーが米国経済に現在及ぼしている影響を分析、また、将来その影響力を拡大する為の提言。

(b) NRCは3年毎レビューの一環として、分子自己組織形成(molecular self-assembly)の技術的可能性を判定する、一回限りの調査研究を実施する。

(c) NRCは3年毎レビューの一環として、責任ある(responsible)ナノテクノロジー開発を保証する基準・ガイドライン・戦略の必要性を査定する、一回限りの調査研究を実施する。

(d) NNCOは、NRCによる査定評価の結果を、「諮問委員会」、上院商業科学運輸委員会、下院科学委員会に配布する。第一回目の査定評価は2005年6月10日までに配布され、その後は3年毎に上院と下院の委員会に提出されることとする。

5. 予算認可額

「ナノテクノロジー法」の予算配分対象となる省は、全米科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)、米航空宇宙局(NASA)、国立標準規格技術研究所(NIST)、そして環境保護庁(EPA)の5省庁で、2005年度から2008年度までの4年間の予算計上額は、36億7,886.3万ドル。各省庁への予算配分は下記の通り:

(単位:千ドル)

FY2005
FY2006
FY2007
FY2008

NSF

385,000

424,000

449,000

476,000

DOE

317,000

347,000

380,000

415,000

NASA

34,100

37,500

40,000

42,300

DOC (NIST)

68,200

75,000

80,000

84,000

EPA

5,500

6,050

6,413

6,800

合  計

809,800

889,550

955,413

1,024,100

6. その他のセンター

(a) 「プログラム」は、米国ナノテクノロジー準備センター(American Nanotechnology Preparedness Center)の創設を支援する。センターは、@ナノテクノロジーがもたらす社会面・倫理面・環境面・教育面・法律面・労働面での影響に関する調査研究の実施、調整、収集、普及を行ない;A責任あるナノテクノロジーの研究・開発・応用に関連して浮上すると思われる問題を確認する。

(b) 「プログラム」は、ナノ材料製造技術センター(Center for Nanomaterials Manufacturing)の創設を支援する。センターは、@材料、デバイス、システムの新しい製造技術に関する研究の奨励、実施、調整、委託、収集、普及を行ない;Aこうした製造技術を米国産業界に移転するメカニズムを策定する。

(c) NSTCは、NNCO局長を通じて上院商業科学運輸委員会と下院科学委員会に、同法令施行後6ヶ月以内に、前述のセンター設置の責任を担うリード機関を明確にした報告書を提出し、同法令施行後18ヶ月以内に、前述のセンターの設立状況に関する報告書を提出する。


*1:NNI法制化に関する議会審議は、Ron Wyden上院議員(民主党、オレゴン州)が2002年9月17日に議会に提出した「21世紀ナノテクノロジー研究開発法案」で始まった。

*2:2003年度国防認可法令(National Defense Authorization Act of Fiscal Year 2003)の第246条によって設立されたプログラム。


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