「国家ナノテクノロジー・イニシアティブ」戦略プラン(概要)

 

NEDOワシントン事務所
松山貴代子
平成17年1月18日

 

2003年12月3日にブッシュ大統領の署名をもって成立した「21世紀ナノテクノロジー研究開発法(21st Century Nanotechnology Research and Development Act:以下「ナノテクノロジー法」という)」は、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(National Nanotechnology Initiative = NNI)の下で既に進行中であった多くの活動を法制化することになった。NNIは、『国家ナノテクノロジー・イニシアティブ:先導策と実施計画(National Nanotechnology Initiative: The Initiative and Its Implementation Plan)』という戦略計画が2000年7月に発表されてからというもの、その後3年間で予想以上の進展(注1)を成し遂げていたため、ブッシュ大統領が「ナノテクノロジー法」に署名をした時点では、戦略計画見直しの必要性は十分に認識されており、見直し作業も既に始まっていた。

国家科学技術会議(National Science and Technology Council = NSTC)は、上記戦略計画の更新版となる『国家ナノテクノロジー・イニシアティブ 戦略プラン(National Nanotechnology Initiative Strategic Plan:以下「戦略プラン」という)』を2004年12月7日に発表した。NSTC技術委員会(Committee on Technology = CT)のナノスケール科学工学技術小委員会(Subcommittee on Nanoscale Science Engineering and Technology = NSET)が作成した「戦略プラン」は、国家ナノテクノロジープログラム(以下「プログラム」という)の活動を指導し、参加省庁の目標や優先事項を達成する為の戦略プランを同法令施行後12ヵ月以内に提出するようNSTCに義務づけた「ナノテクノロジー法」の条項に応じて発表されたものではあるが、実際には、NNIの下で実施計画見直し作業の一環として既に行われていたワークショップ(注2)他の一連の活動を集大成したものであるといえる。ここでは、「戦略プラン」に提示されたNNIの目標、主要な投資分野(「ナノテクノロジー法」ではこれをプログラム構成分野(program component areas = PCAs)と呼ぶ)、および、管理体制について概説する。

目標と計画

「戦略プラン」では、物質をナノレベルで理解・制御する能力がテクノロジーや産業界に革命をもたらすというNNIのビジョンを具体化した目標4項目と、各目標を達成する為の新たな活動を確認している。

1. ナノテクノロジーの秘める可能性をフルに実現させるため、世界一流の研究開発(R&D)計画を維持する:

  • NNIワークショップにおける科学界からのインプットに基いて特定した、R&Dやキャパシティビルデイングの奨励すべき分野 …物理学と生物学の融合、モデリング・シミュレーション・ビジュアライゼーション用の単一化ツール(unifying tools)開発、自己組織形成の科学、活性ナノ構造(active nanostructure)を造形・操作する新方法、等… を重点的に進める。
  • イニシアティブの投資分野(PCAs)毎に、的を絞ったR&D目標を設定する。

2. 経済成長や雇用創出等の公益を生み出すため、新技術の製品化を推進する:

  • NSET業界連絡作業部会(industry liaison working group)の活動を、現在の対象部門以外に拡大する。
  • 産業界と学界の研究者交換プログラムを奨励する。
  • ナノマニュファクチャリング研究に専念するセンターを創設する。
  • NNI支援の研究から生まれた知的所有権のラインセンシングによって技術移転を奨励するため、新たなメカニズムを検討する。  

3. ナノテクノロジーの進展を目指し、教育資源、支援基盤やツールを整備し、熟練労働者を育成する:

  • 米国初の、ナノスケール科学工学習得教授センター(Center for Learning and Teaching in Nanosclae Science and Engineering)を設置する。
  • 連邦政府支援のユーザー施設や研究機器に関するデータをまとめ、ナノテク研究者が容易にアクセス出来るよう、収集した情報をNNIウェブサイトに掲載する。
  • 研究機器や装置の遠隔操作を可能にするインフラストラクチャーを構築する。
  • 癌の予防・診断・治療へのナノテクノロジー利用を助長するため、専門施設を創設する。

4. ナノテクノロジーのリスポンシブルな開発を支援する:

  • 必要に応じて、ナノテクノロジーの環境・衛生面での影響に対する研究支援を拡大する。
  • ナノ材料の安全な取り扱いに関するガイドラインの策定と配布を支援する。
  • NSTC科学委員会(Committee on Science = CS)の衛生・環境小委員会、および、省庁間小委員会や作業部会との調整を図る。
  • ナノテクノロジーの社会的影響を調査するセンターを設置する。

 

プログラム構成分野(Program Component Areas)

2000年7月にNSETが発表した戦略計画では、ナノテクノロジーの顕著な影響が期待される「グランドチャレンジ」9項目(注3)を確認していたが、今回発表された「戦略プラン」では、上述の4目標の達成に必要不可欠となるプログラム構成分野(PCAs)でNNIのプロジェクトや活動を分類している。「戦略プラン」の概説するPCAsは、NNIの現時点での最重要分野を示すと同時に、今後数年間はNNIの範疇に入る活動を引き続き十分に網羅できるよう、「グランドチャレンジ」よりも幅広に設定されている。7つのPCAsは下記の通り。

  1. ナノスケールで生じる現象とプロセスの根本的理解 … ナノスケールで発生する物理学・生物学・理工学の新現象に関する基本的知識の発見と発展。ナノスケールの構造・プロセス・メカニズムに関連する理工学的原則の解明。
  2. ナノ材料 … 新種ナノ材料の発見、および、ナノ材料の特性の包括的理解を目的とする研究。目標とする特性をもったナノ構造材料を設計・合成する能力に繋がるR&D。
  3. ナノスケールのデバイスとシステム … ナノスケール科学工学の原則を適用して、新規デバイスやシステムを創作したり、既存デバイスやシステムを改良するR&D。
  4. ナノテクノロジーのための研究機器、計測基準(metrology)および標準規格 … ナノテクノロジーの研究や実用化を推進する為に必要なツールのR&D。および、ナノテクノロジー関連の規格を策定するR&Dや活動。
  5. ナノマニュファクチャリング … ナノ材料・ナノ構造・ナノデバイス・ナノシステムを製造する方法のスケールアップ、および、コスト効率化を狙ったR&D。ナノレベルでのトップダウン型組立プロセスと複雑化する一方のボトムアップ型(自己組織形成型)組立プロセスのR&Dと統合、等。
  6. 主要研究施設の建設と大型研究機器の調達 … ユーザー施設の設置、大型研究機器の調達、および、ナノスケール科学工学技術R&Dの実施を支える国家科学基盤を構築・維持・改善する活動。現行のユーザー施設およびネットワークの運営も含む。
  7. 社会的局面 … ナノテクノロジーが社会にもたらす様々な影響を取り上げる研究。(i)ナノテクノロジーの進歩が環境・衛生・安全面にもたらす影響、および、こうした影響のリスク評価を目的とする研究;(ii)小中高等学校や大学、技術訓練や市民啓蒙用の資料作りといった、教育関連の活動;(iii)ナノテクノロジーが社会にもたらす幅広い影響を確認・数量化することを目的とする研究、等。

NNIは第一にR&Dプログラムであるため、7つのPCAの全てが前述の第一目標である「世界一流のR&Dプログラム維持」を支援していることは驚くまでもない。実際、程度差こそあれ、全てのPCAがNNIの各目標と関連している。注目すべきは、各目標の達成の為に1つ以上のPCAが必要不可欠な点である。

 

表1 プログラム構成分野(PCAs)とNNI目標との関係

PCAsは、NNIの目標と関係があるだけでなく、NNI参加省庁のミッションとも密接に関係している。これは、ナノテクノロジーR&D予算を有する省庁だけに限られるわけではなく、ナノテクノロジーR&D予算のない省庁であっても、厚生省の食品医薬品局のように、ナノデバイスの医療利用、および、化粧品や食品添加物としてのナノテクノロジー利用に付随する衛生面での影響等に格別の関心を持っている省庁もある。

 

表2 PCAsとNNI参加省庁のミッション・関心・ニーズとの関係

● 一次的   □ 二次的

シェーディングは2005年度にナノテクノロジーR&D予算を有する省庁を指す。

PCAsは、ナノテクノロジー研究開発に携わる各省庁が投資方法を改善したり、R&D活動を調整したりする際に有用な構造体系(structure)を提供するものであり、各省庁のPCA毎の計画は大統領予算教書に補足資料として添付されるNNI年次報告書に盛り込まれることになっている。

 

図1 NNIセンター及びユーザー施設

管理体制

NNIの省庁間管理は、大統領を議長とし、副大統領・科学技術計画局(OSTP)局長・各省庁長官・ホワイトハウス高官で構成される閣僚レベル会合であるNSTCの枠組みの内で行われる。NNI管理に携わっている主要機関とその役割は下記の通り。

  • NSET … NSTC技術委員会(CT)の下に設置された小委員会で、NNIの調整・企画・実施を担当する。科学と技術の双方の発展がNNIの焦点であるため、NSETはCTに公式に報告するだけでなく、科学委員会(CS)にもその活動を報告する。NSETは省庁間調整機関として、NNIの目標や優先事項を設定し、その目標達成に向けたプランを策定するほか、ナノテクノロジー研究やナノテクノロジー利用を行っている学究グループや業界団体、および、地方政府との情報交換を行う。NSETのメンバー省庁は、消費者製品安全委員会、国土安全保障省、国防省、エネルギー省、商務省の産業安全保障局・国立標準規格技術局・特許商標局・技術局、司法省、国務省、運輸省、財務省、環境保護庁、厚生省の食品医薬品局・国立衛生研究所・国立労働安全衛生研究所、国際貿易委員会、インテリジェンス技術革新センター、米航空宇宙局、原子力規制委員会、全米科学財団、農務省。
  • NSETの作業部会 … NSETの下に下記の作業部会が設けられている。作業部会は有用な限り維持される予定であり、必要に応じて、新たな作業部会が結成される可能性もある。
    • ナノテクノロジーの環境・衛生影響に関する作業部会(Nanotechnology Environmental and Health Implications Working Group = NEHI WG) … ナノテクノロジーR&Dを支援する省庁の代表者と規制担当者を招集して意見交換を行い、規制面での意思決定プロセス支援に必要な研究を確認する。
    • 業界連絡作業部会(Industry Liaison WG) … 連邦各省庁が自省のR&D活動情報を産業界に提供し、しかも、産業界代表が連邦政府ナノテクノロジー投資を最大活用する方法をインプットできるような、連絡ルートを確立する。
    • ナノマニュファクチャリング作業部会(Nanomanufacturing WG) … 米国内にナノマニュファクチャリングの基盤を確立するため、多数の省庁間の活動を調整する機関として同作業部会が設置された。特に、全米科学財団(NSF)と国立標準規格技術研究所(NIST)、および、国防省が同分野に熱心である。
  • 全米ナノテクノロジー調整局(National Nanotechnology Coordination Office = NNCO) … NSETを技術面・管理面で支援するために2001年に創設された事務局で、予算はNSETメンバー省庁が負担している。NNCOはまた、連邦政府ナノテクノロジー活動のコンタクトポイントを務め、広報活動を行い、連邦政府ナノテクノロジーR&D成果の商用・公益移転を推進する。NNCOの局長は、NSETメンバー省庁に代わり、3年毎のNNI査定評価の実施を全米科学アカデミー(National Academies of Science)の全米研究委員会(National Research Council = NRC)とアレンジし、その査定結果を議会に報告する。
  • 大統領府 … 連邦政府あげての優先事項を確実に調整・実施するため、OSTPや行政管理予算局(OMB)という大統領府の機関がNSETに参加している。NSTCを管轄するOSTPは、NSTCの積極的なメンバーであり、様々なNNI活動に関して大統領府の見解を提供している。OMBは、ナノテクノロジーR&D予算案策定で各省庁の予算担当部と調整を行っており、2006年度大統領予算案の準備では、PCA別の省庁投資に関する情報収集を開始する予定である。
  • 非政府機関 … 国家ナノテクノロジー諮問委員会(NNAP)とNRCという2つの非政府機関がNNI管理に関与している。NNAPは「ナノテクノロジー法」によって設置された大統領諮問委員会で、ブッシュ大統領は2004年7月に、既存の大統領科学技術諮問委員会(PCAST)をNNAPに任じている。NNAPは連邦政府のナノテクノロジーR&Dプログラムを定期的に査定評価し、最低でも2年に一回の頻度で査定結果を報告する。一方、民間の非営利団体であるNRCは、3年に一度NNIの査定評価を行う。

以上

参考: NNI_Strategic_Plan_2004.pdf
http://www.nano.gov/NNI_Strategic_Plan_2004.pdf

米国国家ナノテクノロジー・イニシアティブ会議:概要 (1/2)(2004/4/15)
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/931/931-02.pdf

米国国家ナノテクノロジー・イニシアティブ会議:概要 (2/2)(2004/4/15)
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/932/932-02.pdf

21世紀ナノテクノロジー研究開発法(その1)(2004/1/16)
http://www.nedodcweb.org/report/2004-1-7.html

21世紀ナノテクノロジー研究開発法(その2)(2004/1/30)
http://www.nedodcweb.org/report/2004-1-30.html

米国ナノテクノロジー法案:その概要と審議の行方(2003/5/15)
http://www.nedodcweb.org/report/2003-5-15.html

米国のナノテクノロジー政策 (その1)<国家ナノテクノロジー・イニシアティブ >(2002/7/31)
http://www.nedodcweb.org/report/2002-7-31.html

米国のナノテクノロジー政策 (その2)<連邦政府各省庁のプログラムと省庁間連携プログラム>(2002/8/15)
http://www.nedodcweb.org/report/2002-8-15.html

米国のナノテクノロジー政策(その3)<国家ナノテクノロジー・イニシアティブの評価>(2002/8/29)
http://www.nedodcweb.org/report/2002-8-29.html

 

図2 NNI管理の任務を担う機関の組織図およびその関係


注釈:

1:NSETのM. C. Roco委員長が2004年11月8日にサンフランシスコで行ったプレンゼンテーション「Transforming and Responsible Nanotechnology Research and Development」によると、NNIは実施計画発表後の3年間で、米国50全州において約300の高等教育機関と200の民間機関に約2,500件の助成を交付し、科学・工学系の全大学にナノスケール科学工学関連課程を導入したほか、計算ナノテクノロジー・ネットワーク(Network for Computational Nanotechnology)や国家ナノテクノロジー基盤ネットワーク(National Nanotechnology Infrastructure Network)、オクラホマ・ナノネット(Oklahoma Nano Net)やエネルギー省のナノスケール科学研究センター、および、米航空宇宙局の大学研究工学技術研究所(University Research, Engineering and Technology Institute)という5つのネットワークを構築している。プレンゼンテーションは、http://www.nsf.gov/home/crssprgm/nano/nni04_1108_rocco@icnt.pdf

2:今後5〜10年間に実施すべきクロスカッティングなテーマや優先研究事項に関して産官学各界から見解を聞くため、ここ3年間で、ナノテクノロジーの用途、ナノテクノロジーの研究機器や計測基準、ナノサイエンスやナノテクノロジーの社会的影響、州政府・地方政府・地域的なイニシアティブといったトピックで17回のワークショップが開催された。

3:(i)ボトムアップのナノ材料組み立て;(ii)ナノスケールのエレクトロニクス・オプトエレクトロニクス・マグネティックス;(iii)最先端保健・診断・治療;(iv)環境改善の為のナノプロセス;(v)エネルギー変換・貯蔵の効率化;(vi)小型宇宙船による宇宙探査;(vii)バイオナノセンサー;(viii)経済的で安全な輸送技術への応用;(ix)国家安全保障の9項目。


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