『米環境保護庁のナノテクノロジー白書』:概要

 

NEDOワシントン事務所
松山貴代子
2007年4月19日

米国環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency = EPA)の科学政策委員会(Science Policy Council = SPC)が、@EPA管理責任者にナノテクノロジー関連の科学的問題やニーズを報告し;AEPAの関連プログラムオフィスのニーズを支援し;Bこうしたナノテク科学問題を利害関係者や国民に連絡することを目的とする報告書『米環境保護庁のナノテク白書(U.S. Environmental Protection Agency Nanotechnology White Paper)』を2007年2月15日に発表した。

EPAはナノテクのもたらし得る環境ベネフィットの研究開発に関心を持っている一方、ナノ材料およびナノ製品への被ばくに起因する潜在的なリスクをより良く理解して対応することにより、ヒトの健康と環境を守るという義務と権限を託されている。このため、EPAは2001年から、ナノテクの環境技術用途を開発するための研究支援や研究指針設定、および、ナノテクがヒトの健康や環境に及ぼし得る影響を理解するための研究支援や研究指針設定で主導的役割を果たしてきた。

2004年12月、SPCは省内にナノテクノロジー作業部会を設置し、@ナノテクが環境保護でもたらし得る重要なベネフィットを社会が確実に享受し;A環境中のナノ材料への被ばくに伴う潜在的リスクをより深く理解する上で、EPAが検討すべき重要な科学的問題を確認・説明するという任務をこの作業部会に託した。今回発表された白書は、この作業部会が草稿して2005年12月に発表した『ナノテクノロジー白書:外部レビュー用草案(External Review Draft Nanotechnology White Paper)』(注:1)に、一般市民から寄せられたコメントや、2006年4月に開催された専門家ピアレビュー会合でのコメント等を熟考し、取りまとめた最終報告書である。

この白書は、下記の六部構成となっている:

 第一章 ナノテクノロジーとは何か?ナノテクは何故EPAにとって重要なのか?
 第二章 ナノテクのもたらし得る環境面でのベネフィット
 第三章 ナノテクに特有なリスク評価問題
 第四章 リスポンシブルなナノテク開発、および、EPAの法定義務
 第五章 ナノテクの環境応用に関する研究ニーズ、および、ナノテクの環境影響に関する研究ニーズ
 第六章 科学的問題や研究ニーズに対応するための作業部会提言

ここでは、第六章に収められたナノテク作業部会の提言と、その提言に基づいて作成されたEPAのナノテクノロジー研究枠組み(Nanotechnology Research Framework)(注:2)について報告する。


第六章 提言

1. ナノテクノロジーの環境目的利用に関するリサーチ提言

 1.1. グリーン製造技術(グリーンマニュファクチャリング)

  • EPAの研究開発部(Office of Research and Development = ORD)と汚染防止・毒物部(Office of Pollution Prevention and Toxics = OPPT)は在来型材料やナノ材料生産過程におけるエネルギー消費や廃棄物発生量を、ナノテクを利用して削減する方法を率先して調査・推進するべきである。

 1.2. グリーンエネルギー

  • ORDとOPPTは、ナノ材料を太陽エネルギーや水素、送電やディーゼル、汚染抑制装置や照明等に応用する研究を促進すべきである。

 1.3. 環境修復・環境処理のリサーチニーズ

  • ORDは、環境管理や環境修復に使用されるナノ材料の斬新な構造-物性(structure-property)関係を活用することによって、汚染物質の回収や破壊を助長する研究を支援すべきである。

 1.4. センサー

  • ORDは、汚染物質やその他の関心対象化合物(ナノ材料を含む)を測定・監視する、ナノテク利用デバイスの開発を支援すべきである。一例としてORDは、水中の毒性バクテリアやウィルスや原生動物を速やかに検出する新規ナノセンサーの開発で指導的役割をとるべきである。

 1.5. その他の環境問題への応用

  • ORDは、環境用途に使用されるナノ材料やナノ製品の性能確認で、産業界パートナーと協力すべきである。
  • ORDは、既存のライフサイクル分析方法を参考として、ナノ材料やナノ製品の急激な技術的変化に対応する迅速なスクリーニング方法を開発すべきである。
  • ORDとOPPTは国立労働安全衛生研究所(NIOSH)やその他機関と協力して、ナノテク利用の個人用保護具(PPE)やナノ材料内蔵の呼吸マスクといった、被ばく低減へのナノテク利用を査定評価すべきである。


2. リスク評価に対するリサーチ提言

 2.1. 化学物質の識別と特性化

  • EPAの研究開発部(ORD)は、ナノ材料の独特な化学的・物理的特性、および、こうした特性が材料の反応度・毒性・その他の属性にどのような影響を与えるかについての研究を指導すべきである。
  • ORDは、ナノ材料の特性が、研究室における純粋な形の時、製品の一部となった時、最終的に環境に出現する時で、どのように異なるのかについての研究でリーダーシップを取るべきである。
  • ORDは、@ナノ材料を十分に特性化し;A異種のナノ材料を区別し;B人造ナノ材料を自然発生するナノ粒子や超微粒子から区別するために使用できる適切な測定方法や技術があるか否かを判断すべきである。

 2.2. ナノ材料の環境中運命(Environmental Fate)とその処理 [以下は優先度順]

  • 固体廃棄物・緊急対応部(Office of Solid Waste and Emergency Response = OSWER)とORDは、ゼロ価の鉄(zero-valent iron)のように化学汚染用地の修復に使用されるナノ材料の運命に関する研究で指導的役割をとるべきである。
  • ORDと大気・放射線部(Office of Air and Radiation = OAR)は、大気中の多様な人造ナノ粒子の安定性に関する研究を指導すべきである。
  • ORD、汚染防止・毒物部(OPPT)、OSWERおよび水環境部(Office of Water = OW)は、水や土壌や埋立地等でのナノ材料の(生物または非生物による)移動や分解に関する研究でリーダーシップを発揮すべきである。
  • ORDは、ナノ材料の環境中運命に影響を及ぼす、ナノ材料の物理学的特性と化学的特性を確認する研究をリードすべきである。
  • ORD、OSWERおよびOWは、廃水からナノ材料を除去する際に使用する処理方法の研究で提携すべきである。
  • ORD、OPPTおよびOWは、飲料水の浄化過程で使用されるナノ材料の運命に関する研究を共同で主導すべきである。
  • ORD、OSWERおよびOARは、焼却等の熱処理プロセスにおけるナノ材料の運命に関する研究で指導的役割をとるべきである。この研究には、ナノ材料を破壊する効率、ナノ材料を除去する様々な大気汚染抑制装置の効率、除去されたナノ材料の運命、ナノ材料を含む灰の処理方法、処理過程でナノ材料がその他の物質の除去や劣化に及ぼし得る影響、等が含まれる。
  • ORDとOSWERは、その他の廃棄物処理過程…化学酸化や固定化等…におけるナノ材料の運命に関する研究を主導すべきである。
  • ORDとOSWERは、都市ゴミや産業廃棄物および有害廃棄物の埋立地、および、その他の陸上での廃棄物管理シナリオにおけるナノ材料の運命に関する研究をリードすべきである。

 2.3. 環境検出(Environmental Detection)と環境分析[下記は優先度順]

  • ORDは、環境媒体(environmental media)内において関心対象のナノ材料を検出・特性化・数量化できる検出方法や技術、および、個人用被ばくモニターとしてナノ材料を研究・特性化・数量化できる検出方法や技術を評価する報告書の策定を指導すべきである。ORDはこの報告書策定にあたり、NIOSHや国防省、および、学界と協力することが可能である。
  • ORDは、ナノ材料解析法向けの品質管理基準材料(quality control reference materials)整備で、NISTやNIOSH、国防省やナノ材料メーカー、および、政府機関や非政府組織と協力すべきである。
  • ORDは、様々な環境媒体における標準的なナノ材料サンプリング・分析方法を整備するにあたり、NIOSHや国防省、産業界や学界、米国材料試験協会(ASTM)や米国規格協会(ANSI)と協力すべきである。

 2.4. ヒトのナノ材料被ばく、被ばく量の測定と制御

  • OPPTは、ナノ材料の物理的・化学的特性が、(ナノ材料の)放出や被ばくに及ぼす影響を評価するために、文献調査を実施すべきである。
  • ORDとOPPTは、どのような用量メトリクス(dose metrics)…質量、比表面積、粒子数、等…がナノ材料被ばくを測定するために有効であるのかを判断する研究を主導すべきである。
  • OPPTとORDは、化学物質の放出・被ばくを査定するツールやモデルを、ナノ材料の査定に応用可能か否かを判断すべきである。
  • OSWER、ORDおよびOPPTは、ナノ材料が漏れた場合の適切な緊急対応活動や修復活動、および、こうした対応活動で出る廃棄物の適切な処分方法を検討すべきである。
  • OPPTは他の利害関係者と協議して、様々なナノ材料のリスク評価ニーズを確認すべきである。
  • OPPTは(EPAの)他部署やその他利害関係者と協議して、ヒトや動植物…絶滅危険種や児童、喘息患者といったセンシティブな集団を含む…を対象とするナノ材料被ばく評価実施方法を検討すべきである。

 2.5. 人体への影響評価[以下は優先度順]

 実験方法

  • ORDと予防・殺虫剤・毒性物質部(Office of Prevention, Pesticides and Toxic Substances = OPPTS)は、標準的EPA毒性テストの現行試験方法 …有機体、被ばく形態、媒体、解析方法、検査の仕組み…が、ナノ粒子テストに適切であるか否かを判断すべきである。

 ナノ毒性学

  • ORDは、環境修復や大気汚染制御技術等へのナノテク利用に関連した、ナノ材料やその副産物への直接被ばくに起因する健康面での影響を究明する研究を主導すべきである。

 危険有害物質の特定、容量測定と運命

  • ORDは、人造ナノ材料の局部的・組織的毒性や急性・慢性的毒性に最もよく相関する物理化学的特性と線量メトリクス(質量、比表面積、粒子の数、等)を究明する研究を主導すべきである。
  • ORDは、様々な被ばくルートを辿った人造ナノ材料の吸収・分布・代謝・排泄(absorption, distribution, metabolism and excretion = ADME)に関する研究をリードすべきである。

 感受性(Susceptibility)

  • ORDは、人造ナノ材料への被ばくに関係のある健康弊害を被りやすい高リスク人口を確認するための調査でリーダーシップを発揮すべきである。

 コンピューター利用のナノ毒性学

  • ORDは、毒性予測アセスメントモデル …構造活性相関(structure-activity relationship = SAR)、オミックス(omics)等… を作製する最も効率的なアプローチを検討する研究を主導すべきである。

 2.6. 生態への被ばくと影響

 実験方法

  • ORDは、標準的毒性テストの現行検査制度や検査方法 …有機体、エンドポイント、被ばく形態、媒体、解析方法…が、ナノ材料実験に適切であるか否かを判断する調査で、他のEPA関連部署と協力すべきである。

 ナノ材料の生態系内分布

  • ORDは、ナノ材料の生態系内分布に関する研究を指導すべきである。

 ナノ毒物学と容量測定

  • ORDは、ナノ材料やその副産物への直接被ばくが魚や無脊椎動物、鳥類や両生類、爬虫類や植物、微生物といった様々な生態学的種に及ぼす影響を究明すべきである。この研究では、問題となるナノ材料の吸収、移動、生体蓄積の評価も行うべきである。
  • ORD、OWおよびOPPTは、下水処理場、家庭廃水、自然土壌等において、微生物とナノ材料の相互作用を調査すべきである。
  • ORDは、水生生物向け予測モデルとして、ナノ材料の構造活性相関(SAR)を作製する研究を主導すべきである。
  • ORDは、多様な生態学的種に対する各種ナノ材料の作用形態(mode of action)に関する研究を指導すべきである。

 2.7. 包括的リスク評価の必要性 - ケーススタディ

  • EPAは、ナノ材料アセスメントが同庁の全般的なリスク評価パラダイムにどのように当てはまるのかを検討する一方法として、人造ナノ材料に関する入手可能な公開情報に基づいたケーススタディを実施すべきである。


3. 汚染防止と環境管理

  • EPAは、ナノ材料と製品のライフサイクル全体を通じて環境管理を奨励するアプローチの研究を支援すべきである。
  • 汚染防止・毒物部(OPPT)、研究開発部(ORD)、および、その他利害関係者は、@製品管理;A環境を考慮した設計;Bナノ材料やナノ製品のグリーンエンジニアとグリーンケミストリー原則およびアプローチを奨励すべきである。
  • 全米環境イノベーションセンター(National Center for Environmental Innovation)、および、施行・順守保証部(Office of Enforcement and Compliance Assurance)は、汚染防止アプローチに関する情報を提供するため、ナノテクの民間部門やサプライチェーン、解析・設計ツールや応用方法を調査すべきである。
  • ORDは、ナノ材料やナノ製品のクリーン生産を推進する研究を引き続き支援すべきである。


4. コラボレーション(協力)とリーダーシップ

  • 研究開発部(ORD)は、ナノテクの環境目的利用とその影響についての研究で、他グループと協力すべきである。ORDの研究所は非政府資源を活用するため、特に、共同研究開発協定(CRADA)の設立に力をいれるべきである。
  • EPAは、ナノテクノロジーがヒトの健康や環境にもたらし得る影響についての研究で、経済協力開発機構(OECD)やその他諸国と協力すべきである。
  • 議会・政府間関係部(Office of Congressional and Intergovernmental Relations)は、州・地方政府の経済開発機関や担当者、および、環境・公共衛生機関やその担当者と協力する可能性を探る努力を主導すべきである。
  • EPAの広報部(Office of Public Affairs)とプログラム担当部は必要に応じ、ナノテク・コミュニケーション戦略の省内実施努力をリードすべきである。
  • 政策・エコノミクス・イノベーション部(Office of Policy, Economics and Innovation)の中小企業オンブズマンは、中小企業との情報交換に従事すべきである。


5. 省内作業部会

  • EPAは、ナノ材料に関するリスク評価や規制活動、および、汚染防止活動や管理重視型活動に関して、省内での情報共有を助長するため、常任の省内作業部会を召集すべきである。


6. トレーニング

  • EPAは、科学者やマネジャーを対象とするナノテク・トレーニング活動を継続・拡大すべきである。

 

EPAのナノテクノロジー研究枠組み

EPAでは、幾つかのナノ粒子がヒトやその他の生体にあたえ得る毒性の研究は幾つか実施されているものの、環境内でのナノ材料の運命(fate)や移動、変容や被ばくに関する研究は殆ど行われておらず、更には、様々な環境媒体においてナノ材料を検出・数量化する技術や方法が欠落していることを指摘している。EPAの研究開発部(ORD)によって策定されたナノテクノロジー研究枠組みは、2007年度から2012年度までのEPAナノテクノロジー研究戦略の骨格となるもので、上述の提言に基づいた内容となっているほか、ナノテクノロジーの環境・衛生影響に関する作業部会(Nanotechnology Environmental and Health Implications Working Group)(注:3) が確認したリサーチニーズとも一致している。

EPAのナノテクノロジー研究枠組みの概要は下記の通り:

A. 2007年度〜2008年度

(i)環境内でのナノ材料の運命、移動、変容および被ばく;(ii)ナノ材料の監視・検出方法という優先分野を中心とする。具体的活動は以下の通り:

  • 放出源、および、環境内でナノ材料を測定する方法とテクニックを確認・採用する。必要に応じ、そうした方法やテクニックを開発する。
  • ナノ材料が大気や土壌や水中で受ける物理的・化学的・生物学的反応と、その結果起こる変容および残留性についての理解を深める。
  • ナノ材料を環境内にてライフサイクルを通じて特性化する。
  • 相当数の被ばく経路シナリオを予告する能力を提供する。
  • 人体や生態系内の毒性研究、および、コンピューター活用の毒性研究アプローチを説明するデータを提供し、最も適切な実験方法やプロトコルの開発を支援する。


B. 2009年度〜2010年度

上記の活動で得た、様々な条件下における材料の変化に関する理解を基盤として、確認された変貌材料(altered material)の影響、特に、その毒性の調査に予算の大半を投入する。


C. 2011年度〜2012年度

上記で得られた十分な知識を活用して、環境内で人造ナノ材料に関係するリスクを査定・管理・伝達するための組織的かつ包括的なアプローチを策定する。


注釈:  

  1. 同草案の概要は、2005年12月13日号のデイリーレポートで紹介。

  2. これは、EPAが現在策定中の2007年度〜2012年度ナノテクノロジー研究戦略の枠組みであり、EPAの研究開発部(Office of Research and Development)が作成した。

  3. 国家科学技術会議(National Science and Technology Council)のナノスケール科学工学技術小委員会(Nanoscale Science Engineering and Technology Subcommittee)に設けられた作業部会の一つ。


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