全米研究委員会(NRC)研究大学委員会の報告書

『研究大学と米国の未来:我が国の繁栄と安全保障に

不可欠な10項目の画期的行動』:概要

 

2012年6月21日
NEDOワシントン事務所
松山貴代子

 

全米研究委員会(National Research Council =NRC)の高等教育・労働力評議会(Board on Higher Education and Workforce)研究大学委員会(Committee on Research Universities)が2012年6月14日、『研究大学と米国の未来:我が国の繁栄と安全保障に不可欠な10項目の画期的行動(Research Universities and the Future of America: Ten Breakthrough Actions Vital to Our Nation's Prosperity and Security)』と題した報告書を発表した。

NRCの研究大学委員会は、連邦政府の研究予算が横ばい又は減少し、州政府の研究機関向け予算が25%から50%も落ち込むという状況下で、米国の大学は授業料を引き上げざるをえず、これが多くの米国民にとって大学教育を手の届かぬものにする恐れがあると警告している。また、連邦政府と大学の重要なパートナーシップを更新するため、米議会と行政府はAmerica COMPETES法に資金を100%提供して全米科学財団(National Science Foundation)とエネルギー省(DOE)及び商務省の国立標準規格科学研究所(NIST)が行う基礎研究予算を倍増すべきであり、米議会は最低でも、国立衛生研究所(NIH)を始めとするその他連邦政府の基礎研究予算を現行レベルで維持すべきであると勧告する一方で、研究大学は運営や学問的プログラムの両方における費用対効果と生産性を大幅に向上させる等して自らも努力していく必要があり、人材や技術を研究大学に長いこと依存してきた企業は自らの健全性を確保するために更に大きな役割を担っていくべきであると指摘している。

ここでは、『研究大学と米国の未来:我が国の繁栄と安全保障に不可欠な10項目の画期的行動』という報告書が作成されることになった背景、調査結果、及び、10項目の提言を概説する。

 

<報告書作成の背景>

米議会は2005年に全米科学アカデミー(National Academies of Science =NAS)に対して、米国が21世紀の世界経済で競争していくための科学・技術活動を確立する上で米議会が講じるべき重要措置を確認するよう要請。これに応えてNASがNorman Augustine氏のリーダーシップの下に作成した『Rising Above the Gathering Storm:Energizing and Employing America for a Brighter Economic Future 』という報告書は、米国競争力を論じる上での枠組みと提言を提示、これがAmerica COMPETES法(注:1)の土台をなすこととなった。

4年後の2009年、米国の研究大学が世界中の称賛の的である一方で、大きなストレスを抱えていることを懸念したLamar Alexander上院議員(共和党、テネシー州)・Barbara Mukulski上院議員(民主党、メリーランド州)・Bart Gordon下院議員(民主党、テネシー州)・Ralph Hall下院議員(共和党、テキサス州)の4議員はNASに対して、米国の公立・私立研究大学の健全性と競争力を組織的・知的・財政的なキャパシティの観点から更に深く調査し、RAGSのフォローアップ報告書として作成するよう要請。NASの全米研究委員会が同要請に応じて新たに任命した研究大学委員会(注:2)は、21世紀の国際社会で米国の競争と繁栄を助長し、衛生・エネルギー・環境・安全保障の国家目標達成を助長する為に必要となる研究や博士教育において米国の研究大学が優位性を確実に維持していくために、米議会・連邦政府・州政府・研究大学・その他利害関係者が向こう5〜10年間に講じえるトップテン行動は何かという質問に答えるコンセンサスレポートをまとめるに至った。

 

<調査結果>

米国が経済成長やその他国家目標を追求するにあたり、米国の研究大学は重要かつ最も強力な国家資産となっているが、これは偶然に起きたことではない。1862年ランドグラント大学法令(注:3)以来、政府・産業界・大学のパートナーシップがこれら大学を世界最高レベルに位置づけてきたのである。米国の研究大学は現在でも世界のトップ50大学の内の35から40を占め、米国研究大学へ入学する外国人学生の数が他のどの国よりも多い。一方で、米国研究大学は今、以下のような重大課題に直面している: 

  1. 連邦政府、州政府、企業及び大学のパートナーシップにおける課題 
    • 連邦政府の大学研究支援が不安定であり、他諸国が研究開発(R&D)予算を名目上でも国内総生産(DGP)への割合でも増大している時に、米国では連邦支援が実質ベースで減少している。
    • ここ20年以上も実質ベースで減っている州政府の高等教育予算は、最近の不況で更に削減されている。
    • 企業や業界は、20世紀に米国産業をリードした大企業研究所(Bell Lab等)を殆ど解体してしまった。大学研究から生まれる新ナレッジやアイディアをより効率的に社会へ説明・発信・移行する必要がある昨今ながら、企業や業界はギャップを埋めるに足るほどには研究大学と提携していない。
    • 研究大学は、運営と学問の両方で管理・生産性・費用対効果を改善することによって、利害関係者に対して責任を負う必要がある。

  2. 大学の運営、大学研究の効率的管理、博士教育の有効性、有能な新人材確保に影響を及ぼす課題 
    • 若手教授陣が学問的活動や研究プログラムを立ち上げる機会の不足
    • 研究・教育・運営における生産性・費用対効果・イノベーションの長期的な向上に繋がりえる構内インフラ(特にサイバーインフラ)への投資の不足
    • 研究大学から入手する研究のコストを100%負担しないリサーチスポンサー。これにより、大学は自らの他財源からで費用負担を余儀なくされている。
    • コスト増加ばかりか、時として学問の自由や品位を攻撃することになる連邦・州政府の規制や報告義務
    • 博士号・ポスドクの準備を改善する機会
    • 米国人口構成の変化による、女子学生やマイノリティ学生の成功率を高める戦略の必要性
    • 外国人学生、研究者、奨学生の獲得競争

 

<提言>

提言1 

連邦政府は米国イノベーション・R&D戦略の大きな枠組みの中で、米国の未来を支える新たなナレッジや教養ある人々を次々と生み出せるように、大学のR&Dや大学院教育に対して安定的かつ効果的な政策・慣行・資金調達を採用すべきである。

【実施者と行動】

  • 連邦政府: 連邦政府は、大学研究や大学院教育を統制する研究政策や慣行を見直し、厄介で非効率な政策や慣行(研究費用の還付、不要な規制、連邦政府省庁間の差異や調整等)を改善すべきである。
  • 連邦政府−米国議会、行政府、連邦政府の科学技術(S&T)担当機関: 米国議会や行政府は今後10年間、国家目標達成に必要な新ナレッジや教養ある市民を生み出す為に基礎研究と大学院教育に十分な投資を行うべきである。米国議会と行政府は、America COMPETES法で認可した予算の全額を計上すべきであり、その他の重要な基礎研究分野(バイオ医療研究等)への国家投資を維持すべきである。 
  • 連邦政府−ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)、大統領の科学技術諮問委員会(PCAST)、管理予算局(OMB)、国家経済会議(NEC)、経済諮問委員会(CEA): OMBは毎年OSTPと協力し、世界水準の科学技術(S&T)活動を維持する為の優先事項に対応する連邦S&T予算を策定し、大統領予算要求時にこれを提出すべきである。OSTPとOMBは連邦S&T予算が米国経済を助長するに十分な規模であり、国家目標達成に適切であることを確認するため、連邦S&Tの支出額と成果を4年に一度見直すべきである。同プロセスでは、新ナレッジの構築;S&Tポートフォリオのバランス;確実で予想できる財政支援;メリットレビューへのコミットメントに重点を当て、米国の世界的リーダーシップを検討するべきである。


提言2

地方や地域の強みにてこ入れできるように、公立研究大学の自治権(autonomy)を拡大すると同時に、州政府の高等教育(大学院教育と研究を含む)予算を公立研究大学が世界レベルで機能できる水準まで復活させる。

【実施者と行動】

  • 州政府: 州政府は、自州の公立研究大学が限られた州政府支援で長期間運営していけるよう、公立研究大学に十分な自治権と機敏さ(agility)を至急提供すべきである。
  • 州政府: ナレッジ主導・イノベーション主導の世界経済で住民の繁栄や福祉のために競い合う州政府にとっては、自州の研究大学が提供する高等教育・研究・イノベーション計画は絶対に欠かせないものであるため、州政府は現在の景気後退から回復するに従い、学生一人あたりの高等教育予算を復活させ、これを維持するよう努力すべきである。
  • 連邦政府: 公立研究大学の質を州と国家の双方の財産として守るため、州レベルのイノベーション・労働力育成の推進を目的とする連邦政府プログラムには、公立大学への州政府支援を促進して継続させるような強いインセンティブが伴うべきである。


提言3

米国の国家目標を達成するために、研究パートナーシップ促進、及びナレッジやアイディアや技術の社会への移行促進における企業の役割を強化し、「イノベーションまでの時間(time to innovation)」を短縮する。

【実施者と行動】

  • 連邦政府: コラボレーションやイノベーションを推進する研究支援メカニズムへの資金提供を継続し、拡大すべきである。
  • 連邦政府: R&D税額控除の恒久化の一環として、企業が大学等と米国を拠点とした新経済活動に繋がる研究でパートナーシップを構築するよう奨励するような新租税政策を遂行すべきである。
  • 企業、大学: 企業と高等教育の関係は、企業が卒業生や知的財産を大学から入手するという伝統的な顧客-供給者という関係よりはむしろ、共同関心領域での協力を重視したピアツーピア(peer-to-peer)の関係へと変貌するべきである。
  • 企業、大学: 企業と大学は密接に協力して、サイエンス集約型雇用主が直面する人材需給ギャップに対応する大学院課程を新設すべきである。
  • 国立研究所、企業、大学: 米国の国立研究所と企業と大学の間の研究協力も奨励されるべきである。
  • 大学: 技術移転を強化するため、知的財産管理を改善すべきである。


提言4

納税者や慈善家、企業や財団及びその他研究支援機関の投資利益率を高めるため、大学の費用対効果と生産性を高めるべきである。

【実施者と行動】

  • 大学: 米国の研究大学は、事業運営と学問的プログラムの経費抑制・効率・生産性で大胆な目標を設定し、これを達成すべきである。大学は効率・生産性の向上によって、進行中の全活動のコスト増大をインフレ率以下に抑制するよう努力すべきである。大学はまた、重要性・質・費用対効果の視点から既存の学問的プログラムを見直し、サイバー学習などの近代的教育方法を取り入れ、研究調査員と研究機関の間の協力(特に、高価な装置・設備の取得・活用)を強化すべきである。
  • 大学協会(University associations): 大学協会は、最も効果的な経費抑制、生産性や効率改善の方法を断定できるように、強力かつ戦略的な財務管理・原価計算(cost accounting)ツールを開発・導入すべきである。この努力の一環として大学協会は、大学が自校の費用対効果を一般市民に伝えることを可能にするメトリクスを策定すべきである。
  • 大学、主要な利害関係者: 大学と主要利害関係者は、米国研究大学の特色や州政府・地方政府・国家目標にとっての[大学の]意義に関して中心人物(key audience)を教育する努力を強化すべきである。


提言5

国家の主要優先分野における教育と研究の促進に必要不可欠である研究大学のイニシアティブに資金を提供する「戦略投資プログラム(Strategic Investment Program)」を設置すべきである。、

【実施者と行動】

  • 連邦政府: 連邦政府は、米国研究大学での教育と研究を促進するイニシアティブを支援する「戦略投資プログラム」を新設すべきである。変化するニーズや機会に対応可能な「生きた(living)」プログラムとなる新プログラムは、重要分野(経時的に変化)でのマッチンググラントを義務付ける期限付き(term-limited)イニシアティブで構成されるものとする。委員会は「戦略投資プログラム」を、(1)若手研究員のキャリアを助長する寄付基金教授職(endowed faculty chair)計画;(2)構内サイバーインフラの向上を当初の重点とする研究基盤整備計画の2つの10年間イニシアティブで始めることを推奨する。
  • 大学、州政府、企業、慈善家他: 大学は、必須要件のマッチング予算を提供してプロジェクトを支援する州政府、企業、慈善家他とパートナーを組み、これらイニシアティブの予算獲得で競合すべきである。


提言6

連邦政府や他のリサーチスポンサーは、研究大学から入手する研究プロジェクトやその他活動のコストを一貫した透明性の高い方法で100%カバーするよう努力すべきである。

【実施者と行動】

  • 連邦政府とリサーチスポンサー: 研究大学が委託グラントを補填するために大学の授業料や診療費といった財源を使う必要がないよう、連邦政府とその他リサーチスポンサーは自ら後援する研究大学の研究やその他活動のコスト(直接経費と間接経費)を100%カバーするよう努力すべきである。委託研究方針と費用回収交渉は、連邦省庁と学術機関(公立・私立とも)全体を通じて一貫した方法で策定され、適用されるべきである。


提言7

運営費用を増加する規制、研究の生産性を妨げる規制、及び、研究環境の大幅改善もないままに創造的エネルギーを屈折させるような規制を削減または撤廃すべきである。

【実施者と行動】

  • 連邦政府(OMB、米国議会、連邦省庁)、州政府: 連邦・州政府の政策策定者と規制担当者は、連邦規制や州規制の費用便益を見直し、重複する規制、無益な規制、高等教育'部門に不適切に課された規制、または負担が社会的利益を上回るような規制を撤廃すべきである。
  • 連邦政府: 連邦政府はまた、大学が全ての連邦義務要件に対して(複数ではなく)単一のシステムを維持できるよう、連邦省庁間で規制と報告義務を統一すべきである。


提言8

離職率、学位取得所要時間、資金調達、学生の就業機会と国益の整合といった問題に対処することによって、有能学生を引き付ける大学院プログラムのキャパシティを改善すべきである。

【実施者と行動】

  • 研究大学: 研究大学は博士教育を再編成して、有能な大学生の為の進路を強化し、修了率を向上させ、学位取得所要時間を短縮し、卒業生の学内学外でのキャリアへ向けた準備を強化すべきである。
  • 研究大学、連邦省庁: 研究大学と連邦省庁は、前述の施策が研究大学の大学院プログラムの全領域にわたって教育を改善することを確認すべきである。
  • 連邦政府: 連邦政府は、高度な訓練を受けた人材に依存する連邦科学機関が提供するプログラム(フェローシップ、研修制度、研究助手制度)を介して、大学院教育への支援を大幅に拡大すべきである。
  • 雇用者: 修士号や博士号を持つ卒業生を雇用する企業や連邦省庁や非営利団体は、研究大学のプログラムへの関与を強化して、インターンシップ;学生プロジェクト;カリキュラム設計へのアドバイス;雇用機会に関する実時間情報を提供すべきである。


提言9

米国人(女性とマイノリティを含む)全員にSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の十分な恩恵を保証すべきである。

【実施者と行動】

  • 研究大学: 研究大学は米国内のあらゆるレベルの全学生の教育を改善する努力に携わるべきである。このため、K-12(注:4)学区を支援するアウトリーチプログラムを拡張し、自校の研究所へのアクセスや修了率の改善に取り組むべきである。
  • 研究大学: 研究大学は、K-12のSTEM教育準備や教員教育の改善努力を支援するほか、大学の学部教育を改善すべきである。
  • 連邦政府、州政府、地方学区、産業界、慈善家、大学: 女性とマイノリティの参加と成功をあらゆる学問分野と専門領域(特に理数工系の教育とキャリア)にわたって増やすため、全ての利害関係者は緊急かつ持続可能で、包括的で徹底的な行動を起こすべきである。


提言10

米国の研究事業への外国人学生・研究者の参加から米国が引続き大きな利益を享受することを保証する。

【実施者と行動】

  • 連邦政府: 連邦省庁は、米国での勉強や研究をを望む外国人学生や外国人研究者のビザ申請過程が、国土安全保障上の配慮と整合しつつも、可能な限り効率的かつ効果的であることを保証すべきである。
  • 連邦政府: 米国は高技能な外国生まれの研究者の貢献から恩恵を受けている。よって、連邦政府は、外国生まれの博士課程の研究者の多くが米国に留まることが出来るよう、永住権や米国市民権の取得過程を合理化すべきである。
  • 連邦政府: 外国人学生や外国人研究者を積極的にリクルートすべきである。

 

 

 

 


注釈:

1: 「America COMPETES法」の概要については、NEDOワシントン事務所の2007年調査レポート『上院両院協議会、米国競争力強化を目指すAmerica COMPETES法案で合意』を参照されたし。

2: 委員会メンバーは、Charles Holliday委員長(バンク・オブ・アメリカ会長、デュポン元会長兼最高経営責任者)、ジョンズ・ホプキンズ医学研究所のPeter C. Agre所長(ノーベル賞受賞者)、テキサス大学のFrancisco G. Cigarroa学長、バンダビルト大学のWillaim H. Frist教授(元上院議員)、カリフォルニア大学バークレー校のLaura D'Andrea Tyson教授(クリントン政権時の経済諮問委員会委員長)等21名。

3: 農業・科学・工学専門大学の設立を支援するため、連邦政府が州政府に国有地を無償交付することを定めた法令。

4: 幼稚園から12年生(高校3年生)までを指す。

 

 

 

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