全米科学アカデミー発表の報告書『米国におけるエネルギー効率化への真の展望』の概要
2009年12月11日
NEDOワシントン事務所
松山貴代子
全米科学アカデミー(National Academies of Sciences)が12月9日、アメリカのエネルギー未来プロジェクト(America’s Energy Future project)注1シリーズの最後となる、『米国におけるエネルギー効率化への真の展望(Real Prospects for Energy Efficiency in the United States)』という報告書を発表した。
同報告書によると、既存または近い将来開発が見込まれる省エネ技術には、かなりのエネルギー費節減とエネルギー消費削減の可能性があり、これら技術を広く採用することで、米国のエネルギー消費量を2020年までに17~20%、2030年までに25~31%削減することが可能であるという。報告書は、国内電力消費の約70%がビルディングでの消費であることをあげ、ビルディングへの省エネ技術導入から得られるエネルギー節約だけで、2030年まで新規発電容量追加の必要性がなくなるであろうと示唆している。また、エネルギー消費削減を達成する可能性はビルディングだけでなく産業部門や運輸部門にも存在し、特に、化学製品製造や石油精製、パルプや製紙、鉄鋼やセメントといったエネルギー集約度の高い産業でのエネルギー消費削減が期待できるという。
一方で、省エネ技術の広範な導入には、高額な前払い費用;不安定なエネルギー価格;消費者が信頼できる確かな情報の欠如、といった多数の障壁が存在し、こうした障壁を乗り切るためには官民の支援と不断の努力が必要であると主張している。また、寿命の長い株主資本(capital stock)やインフラストラクチャーは、エネルギーの使用パターンを数十年にわたって固定して変更が困難となり得るため、ビルディングや主要サブシステムの設計・新設時にはその機会を巧みに利用して、寿命の長い資本財に省エネ技術を加えることが重要であると指摘している。
同報告書に伴って発表されたReport in Briefにまとめられている、ビルディング部門、運輸部門、産業部門に関する分析と調査結果は下記の通り:
ビルディング
- 2006年にビルディングは米国の一次エネルギーの39%、電力の72%を消費。
- コスト効率の高い省エネ技術を十分に活用することで、電力消費の年率2%、天然ガス消費の年率0.5%削減を達成することが可能。
- LEDやコンパクト蛍光灯等の先進照明機器の利用で、2030年には照明用電力消費を35%削減することが可能であり、先進技術導入で冷却用電力消費を2030年に36%削減することが可能。
- 総合的ビル設計に現在利用可能な技術を統合した場合、エネルギー消費を最高50%削減することが可能であり、ビルのライフタイム・コストを引き下げることになる。
- こうした改善達成の道を塞ぐ障壁が多数存在する。例えば、技術に投資する人物と、そこから利益を受ける人物が異なることが多々ある。省エネ投資の決断を下すのは建築業者や家主であるが、エネルギー代を支払うわけではないので、節約を実感することがない。投資家が電気代を支払う場合でも、燃料価格が不安定なために投資が水の泡になる可能性もある。リスク嫌いの投資家は、大規模な省エネ投資へコミットするよりも、高いエネルギー代を支払うことを選択しがちである。
運輸部門
- 運輸部門はほぼ石油に依存しており、米国の一次エネルギーの28%を消費し、温室効果ガス(GHG)排出の30%を放出している。幹線道路輸送(鉄道や航空輸送等を除く)のエネルギー消費は、運輸部門全体の75%に相当する。
- 過去25年ほどの間に自動車の燃費改善技術が確実に進んできたものの、その効果は大型車両への移行による燃料消費で相殺されている。2007年エネルギー自立及びエネルギー安全保障法の定める2020年の連邦政府新燃費基準を達成するためには、自動車メーカーは燃料消費を30%削減する必要がある。
- 2020年までは燃料消費削減の大半は、ガソリン、ディーゼル、ハイブリッド電気自動車の改善で達成されることになる。特に、ハイブリッド電気自動車注2は、生産台数が増えて価格が低下するにつれ、重要な役割を果すことになる。しかしながら、プラグイン・ハイブリッド電気自動車が2020年以前に大量に導入される可能性は低い。
- 燃料電池技術や水素自動車の現況、更には、全国的な水素流通システムを構築する時間・費用・技術的困難を考慮すると、この先数十年間は燃料電池自動車が軽自動車フリートに大きく侵入する可能性は低い。
- 燃費の改善は、消費者の好みや、自動車メーカーが急激な生産工程の変化に対応出来ないといった理由で、かなり制限される可能性がある。
- 米国はGDPの6~7%を貨物運送に使っており、その殆どがトラック運送である。トラック運送会社は、より良いエンジン整備や運転スピードの制限によって、燃費を即刻、1ガロンあたり1~2マイル向上させることが出来る。貨物運送を、燃料効率がトラックの10倍も良い列車に変えることでエネルギーを節減できる。
- 航空輸送(旅客と貨物の双方)の燃料効率は年間1~2%改善する見通しであるが、これは航空輸送拡大に伴うエネルギー消費増大を相殺するには及ばないと見られている。
産業部門
- 産業部門は米国の一次エネルギーの33%を消費し、二酸化炭素排出の28%を放出している。
- 産業部門のエネルギー消費は年間3%の割合で増え、GHG排出は0.2%の割合で増大する見通しであるが、同部門はエネルギー効率改善で巨大なポテンシャルを持つ。財政的に魅力ある技術を使うことにより、2020年までにエネルギー消費を14~22%削減することが可能である。
- 化学製品製造や石油精製部門は、エネルギー集約度の高い産業のトップ5に入り、工場は平均して生産コストの20%をエネルギーに費やしている。化学製品製造業者はエネルギー消費を2020年までに3~8%削減する可能性がある。一方の石油精製業者は現在でもエネルギー消費を10~20%削減できるほか、2020年までには5~54%削減する可能性がある。
- セメント生産では、石灰岩を石灰に変換するプロセスで米国製造業者が使用するエネルギーは日本の製造業者の80%増となっている。窯のアップグレートは行わないにしても、手頃な価格でできる施策でエネルギー消費を現時点で19~21%、2020年までに最高32%削減することが可能である。
- 鉄鋼業界では、米国鉄鋼協会(American Iron and Steel Institute)が2025年にはスチール1トンあたりのエネルギー消費量を2003年比40%減にするという目標を発表した。同業界は2025年までにエネルギー消費を15~58%削減する可能性がある。
- 産業部門におけて使用可能な多数の技術の中でも、熱電併給(CHP)が最も有望である。普通の発電は効率が僅か30%であるが、CHPでは50~80%となる。大量の電気や天然ガスを使用する設備では、CHPによって効率を倍増、エネルギーコストを半減させることが可能である。
- 産業部門のエネルギー効率改善は、深刻な障壁に直面している。慎重な事業主は新技術の信頼性を懸念することが多々あり、こうした専門技術に関する業界別ナリッジが欠落していることもある。また、省エネ技術投資の数年間にわたる減価償却を企業に義務付ける法令や規制が、アップグレードを阻むこともある。こうした法令を改変することは、産業部門の省エネ投資に対する大障壁を取り除くであろう。一方、こうした障壁にも拘わらず、環境規制、国際的競争、企業の責任懸念(liability concern)等がこうした技術の導入促進に役立つこともある。
注1 同プロジェクトは、エネルギー省;BP America;Dow Chemical Company Foundation;Fred Kavil and the Kavil Foundation;GE Energy;General Motors Corp.;Intel Corp.;W. M. Keck Foundationの出資により実施されたプロジェクト。
注2 現在の市場占有率は3%。