米国の海外石炭火力発電プロジェクト支援政策
2014年02月25日
NEDOワシントン事務所
松山貴代子
バラック・オバマ大統領は2013年6月25日に、炭素排出を削減し、温度上昇に起因する破壊的な気候現象への対応準備を行う包括的気候変動対策として「国家気候変動行動計画(National Climate Change Action Plan」を発表した。大統領は、国内の対策・準備を整えるだけでなく、地球規模の対応が必要であることを指摘し、米国が地球気候変動に取り組む国際努力を指導していくことの必要性についても言及した。この国際努力指導の一環としてオバマ大統領は、米国が最大資金援助国として多大な影響力を持つ国際開発金融機関(Multilateral Development Bank =MDB)注1による海外石炭火力発電所建設支援を、ごく限られた場合注2を除き廃止することによって、世界の公的融資をよりクリーンなエネルギーに使用していくという政策を提案した。
米国の環境保護活動グループである天然資源防衛委員会(Natural Resources Defense Council =NRDC)の予備データによると、2007年から2013年までに国際金融機関が石炭プロジェクトに拠出した資金は総額で514億7,000万ドルにのぼり、この内の126億1,000万ドルがMDBを介した融資注3で、388億5,000万ドルが輸出信用機関を介した融資注4であるという。
財務省(MDBへの米国代表)は2013年10月29日、オバマ大統領の海外石炭火力発電プロジェクト支援政策を反映させ、MDBsによって提案される石炭火力発電プロジェクトに対する米国政府方針を明確にする『Guidance for U.S. Positions on MDBs Engaging with Developing Countries on Coal-Fired Power Generation』を発表した。但し、米国のこの新政策指針は、財務省がMDBsを介して提供する資金のみに適用されるものであり、海外プロジェクトへの融資を単独で行う米国輸出入銀行等の政府機関は同政策指針の対象とならないため、これら政府機関は独自に個別の指針を策定することになる。
こうした状況の中、米国輸出入銀行が2013年12月に「炭素集約度の高いプロジェクトに関する追加指針(Supplemental Guidelines for High Carbon Intensity Projects)」を合意・発表したほか、海外民間投資公社(Overseas Private Investment Corporation =OPIC)も2013年12月に、公社の「環境政策・社会政策声明(Corporation’s Environmental and Social Policy Statement)」を大統領の気候変動行動計画及び財務省の新たな政府指針と合致させるため、新規石炭火力発電所及び既存石炭火力発電所改修に対するOPIC支援の受給資格要件について修正を提案するに至っている注5。
ここでは、財務省の発表した指針、米国輸出入銀行の「炭素集約度の高いプロジェクトに関する追加指針」、及び、MDBsの内で既に石炭火力発電プロジェクトへの融資制限を可決・公表した、世界銀行グループと欧州復興開発銀行(EBRD)の戦略について、主要点を報告する。
米国財務省
MDBの最大資金援助国である米国の代表を務める財務省が2013年10月29日に発表した、海外石炭火力発電所建設への公的融資に対する米国政府指針を明らかにした「Guidance for U.S. Positions on MDBs engaging with Developing Countries on Coal-Fired Power Generation」の主要点は以下の通り:
- MDBsが借入国と複数年の開発支援計画を話し合う際には、クリーンエネルギー投資を優先し、その国の電力需要を満たす無炭素又は低炭素エネルギー資源に対する障壁を除去し、無炭素又は低炭素エネルギー資源への需要を高める努力をする。
- 中所得国(南アフリカやインド等)においては、発電所の炭素集約度を1キロワット時当たり500グラムまで削減できる炭素隔離回収(carbon capture and sequestration =CCS)技術を配備し、大幅な炭素汚染相殺のプランが伴っている場合を除き、MDBsによる石炭火力発電所建設の支援は行わないこととする。
- 最貧困諸国においては、石炭に代わって電力需要を満たしえる代替エネルギー資源が存在しない場合、MDBsは温室効果ガス(GHG)排出を削減する実用可能な最良技術を採用する石炭火力発電所に限って、その建設支援を検討することとする。
- 対象となるプロジェクトは、グリーンフィールド工場注6(新規開発工場)、自家発電設備(captive plant)、発電所キャパシティ増大に繋がる改造、及び、融資を申請しているプロジェクトの一環として建設される石炭火力発電所。
米国輸出入銀行
海外石炭発電所支援に対するオバマ政権の新たな政策案に応え、米国輸出入銀行は2013年12月12日に、海外における石炭火力発電所建設に対する自行の支援を制限する「炭素集約度の高いプロジェクトに関する追加指針(Supplemental Guidelines for High Carbon Intensity Projects)」で合意した。米国輸出入銀行の指針は、財務省の指針に追随するもので、(a)世界の最貧困諸国において経済的に利用可能な代替エネルギーが他に存在せず、最も効率的な石炭技術を活用する石炭火力発電所、または(b)CCS技術を配備する石炭火力発電所を除き、同行は炭素集約度の高い施設(high carbon intensity plant)の輸出を支援しないと表明している。主要点は以下の通り:
- 輸出入銀行のウェブサイトに記載された世界の最貧困諸国62ヶ国においては、炭素集約度の高い新規施設に代わる採算性のある代替エネルギー資源が存在しない場合、その国に最も適切かつ効率の良い利用可能な技術を採用する炭素集約度の高い施設に限り、その輸出に対する融資申請を検討することとする。
- 世界の最貧困諸国以外においては、発電所の炭素集約度を1キロワット時当たり500グラムまで削減できるCCS技術を配備する炭素集約度の高い施設に限り、その輸出に関する融資申請を検討することとする。但し、CCSシステムは発電所の商業運転開始1年以内に完全機能していなければならない。
- 対象となる施設は、発電や熱生成の燃料源として石炭を使用する工場(熱電併給(CHP)施設を含む); 新規の石炭火力施設(発電、熱生成、又はCHP)を含むプロジェクト; 総合プロジェクトの一環として開発される新炭鉱; 発電能力が50MW以上の化石燃料(石炭以外)施設(発電、熱生成、又はCHP)でGHG排出が1キロワット時当たり700グラム以上に相当すると予想される施設。
世界銀行グループ
MDBの中では最大の石炭プロジェクト支援者である世界銀行グループ(WBG)が2013年7月16日、ごく稀な状況を除き、開発途上国における石炭プロジェクトへの資金提供を中止することに合意した。「持続可能なエネルギーの未来をすべての人に:世界銀行グループのエネルギー分野支援方針(Toward a Sustainable Energy Future for All: Directions for the World Bank Group’s Energy Sector)」でWBGは、エネルギー分野におけるWBGの取り組みは、借入国が手頃な価格で信頼性のある持続可能なエネルギー供給を確保することを支援し、極度の貧困の撲滅と繁栄の共有の促進を助長することを目的としており、この達成の為に省エネ・太陽光発電・風力発電・地熱発電といったクリーンエネルギーの促進努力を強化していくことを確約している。この指針に盛り込まれた、石炭火力発電所支援に関連する条項は以下の通り:
- WBGは、開発に必要なエネルギーとその気候変動への影響とのバランスを取るという地球規模の難題を認識しており、借入国が石炭火力発電に代わる価格の手頃な代替資源を利用した発電を実現させることを支援する。WBGでは、ごく稀な状況 …借入国の基本的なエネルギーニーズを満たすことの出来る実用的な石炭代替燃料が存在せず、石炭火力発電建設への資金が不足しているケース… に限り、石炭火力発電のグリーンフィールド案件に資金提供を行うものとする。WBGの「開発・気候変動の戦略枠組みの下で石炭プロジェクトを選抜するための基準(Criteria for Screening Coal Projects under the Strategic Framework for Development and Climate Change)」が、こうした例外的状況で着手される石炭火力発電のグリーンフィールド・プロジェクトに適用されるものとする。
- WBGは、石炭燃焼発電所に伴うGHG排出を削減する発明を支援する。既存石炭火力発電所の効率改善は石炭の地域的・世界的環境影響を削減する最もコスト効率的な方法の一つであるため、WBGは、熱生成・熱分配・発電の既存インフラストラクチャーの効率引き上げに対する支援を検討することとする。WBGはまた、石炭火力発電所からのGHG排出を大幅に削減する可能性を持つ炭素回収技術を配備・稼動する石炭火力発電のグリーンフィールド・プロジェクト、及び既存の石炭火力発電所に対しても支援を検討することとする。
欧州復興開発銀行
欧州復興開発銀行(EBRD)は、石炭からクリーン燃料及び再生可能エネルギーへの転換を図る国々を支援することにコミットしており、需給面での省エネルギーや再生可能エネルギーへの投資を助長する「持続可能なエネルギーイニシアティブ(Sustainable Energy Initiative)」に既に120億ユーロ余を投資している。EBRD理事会が2013年12月10日に承認した新エネルギー戦略 「エネルギー部門の戦略(Energy Sector Strategy)」は、石炭から天然ガスへと転換する国々を引続き支援することを宣言し、ごく稀な例外的状況を除き、石炭火力発電所への融資は行わないことを強調している。同エネルギー戦略に盛り込まれた、石炭火力発電所支援に関する条項は以下の通り:
- EBRDは、石炭以外に採算性のある代替エネルギー資源が存在しないという稀な状況を除き、石炭火力発電のグリーンフィールド案件に対する融資は行わない。EBRDが活動する諸国の殆どが再生可能エネルギー資源の大きな可能性を持ち、天然ガスへのアクセスや国境を越えた相互接続(cross-border interconnections)へのアクセスを持つことを考慮し、例外的状況を除いて、石炭プロジェクト支援は検討しないこととする。
- 既存火力発電所において炭素他の排出を削減する大きな見込みがある場合に限り、これら発電所の効率改善に対する融資を検討することとする。
- EBRDは石炭火力発電や関連インフラ(一般炭の採炭を含む)への投資の審査に、以下の3段階テストを適用する:
- 現実的に利用できる選択肢の中で、炭素集約度が最も低いインフラストラクチャーであること。
- 実現できる最低の炭素集約度を確実に達成するよう、利用可能な最善の技術(BAT)を使用するインフラストラクチャーであること。
- CCS対応準備(carbon capture and storage readiness)に照らし、欧州産業排出指令(EU Industrial Emissions Directive)の要件に準拠する発電所であること。
- 低炭素への移行におけるCCS技術及び炭素回収活用(carbon capture and use =CCU)技術の重要性を考慮し、EBRDはCCSやCCU技術を導入する商業プロジェクトを支援する。CCSは小規模の工業用途で実証されているのみで、大規模な工業用途ではまだ成功しておらず、主流技術となるのはまだ先のことである。同戦略のタイムフレーム(2014年~2018年)では、あるとしてもごく僅かのプロジェクトを支援するにとどまると予想されるため、EBRDはCCS促進に必要な規制枠組みや専門知識の構築で諸国を支援することに重点を置く。
【参考資料】
- Natural Resource Defense Council SWiTCHBOARD, “Way Too Much Public Funding is Going into Coal Projects in Key Countries: Preliminary Findings Show” November 21, 2013
- Columbia Law School Center for Climate Change Law, “Lending Global Sector Public Financing Towards Cleaner Energy” January 14, 2014
- Inter Press Service, “Big Coal Undercuts Landmark U.S. Overseas Investment Policy” January 14, 2014
- Natural Resource Defense Council SWiTCHBOARD, “Guidelines on Overseas Coal Project Financing: The good aspects & pissed opportunities” November 4, 2013
- The Department of Treasury, Guidance for U.S. Positions on MDBs Engaging with Developing Countries on Coal-Fired Power Generation October 29, 2013
- Natural Resource Defense Council SWiTCHBOARD, “Another U.S. Public Funding Institution will get out of Coal Power Plants: New Export-Import Bank Guidelines Adopted” December 12, 2013
- S. Export Import Bank, ANNEX A-2 Supplemental Guidelines for High Carbon Intensity Projects December 12, 2013
- Natural Resourcs Defense Council SWiTCHBOARD, “World Bank to Stop Funding Coal Projects” July 19, 2013
- World Bank Group, Toward a Susbainable Energy Future for All: Directions for the World Bank Group’s Energy Setor 2013
- European Bank for Reconstruction and Development, “The EBRD’s Energy Strategy and the switch from coal” October 10, 2013
- Document of the European Bank for Reconstruction and Development, Energy Sector Strategy, As approved by the Board of Directors at its Meeting on 10 December 2013
注1 国際開発金融機関(MDB)は、the International Financial Institutions Act of 1977, as AmendedのSEC. 1307 (g) により、世界銀行グループの国際復興開発銀行(IBRD)・国際金融公社(IFC)・国際開発協会(IDA)、及び、欧州復興開発銀行(EBRD)、アフリカ開発銀行、アフリカ開発基金(ADF)、アジア開発銀行、米州開発銀行(IADB)、米州投資公社(IIC)、多数国間投資保証機関(MIGA)、欧州開発銀行他機関(国際通貨基金を除く)」と定義されている。
注2 炭素隔離回収(CCS)技術を導入する施設、及び、世界の最貧困諸国で石炭以外に採算のあう利用可能な代替エネルギーがない場合に最も効率的な石炭技術を使用する石炭火力発電所、を例外とする。
注3 内訳は、世界銀行グループが65.4億ドル、アフリカ開発銀行が28.4億ドル、欧州投資銀行が15.8億ドル、アジア開発銀行が7.9億ドル、欧州復興開発銀行が6.6億ドル、米州開発銀行(IADB)が2億ドル。
注4 内訳は、国際協力銀行(JBIC)が119億ドル、米国輸出入銀行(U.S. Ex-Im)が72.4億ドル、日本貿易保険(NEXI)が52.8億ドル、ユーラーヘルメスが33.1億ドル、ロシア開発銀行が25億ドル、ドイツ復興金融公庫(KfW)が19.3億ドル、韓国輸出入銀行が19.2億ドル、JICAが17.3億ドル、他。
注5 米国政府の海外石炭火力発電所支援制限政策に反対するHal Rogers下院議員(共和党、ケンタッキー州)は、「米国輸出入銀行やOPICが石炭他の発電プロジェクトを妨害することを禁じる条項」を2014年度の歳出予算法案に対する修正案として提出。Rogers下院議員の同修正案を盛り込んだ『2014年度統合歳出予算法(Consolidated Appropriations Act of 2014)』が上下両院で可決され、2014年1月17日にオバマ大統領の署名をもって成立したことにより、米国輸出入銀行の新指針とOPICの修正提案に準じる規則や政策や指針の施行は2014会計年度の終了する2014年9月30日まで禁じられることになった。
注6 環境汚染等の理由で利用されなくなった用地がブランフィールド(brownfield)と呼ばれるのに対し、何もないところにゼロから始めて新施設を設計・建設することをグリーンフィールド(greenfield)と言う。