オバマ大統領、フロンティア会議を開催
2016年10月19日
NEDOワシントン事務所
松山貴代子
科学、技術、及びイノベーションが人々の生活向上に大きく貢献するとして、その促進に尽力しているオバマ政権が、今後50年先及びそれ以降の社会に向かってイノベーションが果たす役割を考察するため、ペンシルバニア州ピッツバーグで10月13日に、「フロンティア会議(Frontiers Conference)」を開催した。ホワイトハウス、ペンシルバニア大学、及びカーネギーメロン大学が共催した同会議には、学界や産業界、政府や一般市民から700名を超えるイノベーターが参加。米国の科学技術キャパシティの強化や、米国をイノベーションの最前線にとどめる為に必要な施策を中心に、5つのイノベーション・フロンティアに分かれて討議が行なわれた。同会議の5テーマ、及び、今回の「フロンティア会議」に時を合わせてオバマ政権が発表した施策の概要は以下の通り:
- 医療イノベーションと精密医療(Precision Medicine)分野での「パーソナル・フロンティア」
生物医学研究や医薬、保険科学や生命科学に対するオバマ大統領の先見の明ある投資は、癌や髄膜炎等のワクチン生産、人工網膜の開発、脳波制御のロボット義肢研究での成果等を生んでいるほか、将来のイノベーションの土台形成にも貢献。こうしたイノベーションを更に推進するため、オバマ政権は2つのイニシアティブを発表:
- BRAIN(Brain Research through Advancing Innovative Nuerotechnologies)イニシアティブ … 国立衛生研究所(NIH)が新たに100件余のアワードを発表。これにより、2016年度のグラント総額は約1億5,000万ドル。2017年度には、ネズミの脳細胞の完全なセンサスを作成するプロジェクト等、二十数個のグラントを予定。
- 精密医療イニシアティブ(Precision Medicine Initiative =PMI) … 個々人の遺伝子と環境やライフスタイルとの複雑な相互作用に基づいて、適切な治療を適時に施すという医療の新時代の到来を目指すイニシアティブ。NIHは、PMIの一環として設置した、史上最大で多様性に富んだ調査研究を行なう「All of US Research Program」に参加する地域医療機関の数を倍増して、国民健康調査への参加者を全米各地で登録すると発表。これら新パートナーにより、僻地のコミュニティの参加を推進することに期待。
- オープンデータやIoTへの投資を含む、インクルーシブでスマートな地域社会を構築する「地域フロンティア」
データ科学や機械学習、人間中心アプローチや人工知能(AI)、共有経済(sharing economy)や市民科学、ソーシャルネットワークや自動走行車の台頭にいたる、社会イノベーションや技術革新の急速な進展は、都市部だけでなく全米各地コミュニティにおいても地域課題への取組みを可能にする。こうした機会を活用するため、オバマ政権は下記を発表:
- 運輸部門における先進技術利用促進を目的とする先端技術運輸グラント(Advanced Technology Transportation Grant)で、全米各地の19コミュニティに6,500万ドルを授与。
- オバマ政権が2015年に、データ透明性の活用によって警察-地域社会の関係を強化する目的で立ち上げた「警察データイニシアティブ(PDI)」には今日までに、129の法執行機関が参加し、車両や歩行者の取締り・警察官の武力行使・コミュニティ参与(community engagement)といった分野を中心とする170を超えるデータセットを公開。ベストプラクティスの確立と普及を支援するため、司法省のコミュニティ中心警察サービス(COPS)は、共同改革イニシアティブ(Collaborative Reform Initiative)を拡大。
- データサイエンスや機械学習、自動化やロボティクス等の人工知能(AI)を活用して米国市民全員に恩恵をもたらす「国家フロンティア」
リサーチコミュニティや産業界で近年おきた一連のブレークスルーが、AI開発の勢いと投資を促進。最近の進歩の速さは、AIが建造物等の健全性診断・個人別学習・自動運転等にトランスフォーマティブな解決策をもたらす可能性を示唆。他方、AIには雇用・経済、安全面・規制面でのリスクや課題も存在。これに対応するため、国家科学技術会議(National Science and Technology Council =NSTC)が2つの報告書を発表:
- 『人工知能の未来に備えて(Preparing for the Future of Artificial Intelligence)』 …AIの現状とその多様な用途、及びAIが社会や公共政策に関して引き起こし得る問題を検討しているほか、この先数年間で連邦政府や米国が取るべきAIへの取組み方法を提言し、ロードマップを提示。
- 『米国人工知能研究開発戦略計画(National Artificial Intelligence Research and Development Strategic Plan)』 … AI分野における科学的・技術的ニーズを確認し、研究開発の進捗状況を追跡する枠組みを提示しているほか、連邦政府の支援で行うAI研究開発の優先順序を確立。
- クリーンエネルギー革命を促進し、先端的な気候情報・ツール・サービス・協力を確立する「グローバル・フロンティア」
米国は過去8年間、気候変動問題への対応で世界のリーダー国の一つとして活動。パリ協定といった国際舞台で気候変動への取組みを導いたほか、気候戦略として科学・技術・イノベーションを推進し、更なるブレークスルーの土台を構築。オバマ政権の主要な取組みは以下の通り:
- 「ミッション・イノベーション」 … 繁栄する低炭素経済を今後50年で実現するため、米国が日本・ドイツ等の19ヶ国注1及び欧州連合と共に2015年11月に着手した、国際イニシアティブ。米国を含む参加国は、世界の気温上昇を摂氏2度以内に抑えるという目標を達成するため、5年間で次世代クリーンエネルギー技術の研究開発(R&D)投資を倍増(2021年までに総額約300億ドル)することを確約。
- 世界最大のクリーンエネルギーR&D資金提供者である米国は、2017年度大統領予算案で、同予算を2016年度の64億ドルから2021年度に128億ドルまで倍増することを提案。
- 行政管理予算局(OMB)が10月13日に、「ミッション・イノベーション」の2017年度計画概要を発表。これによると、2017年度予算は2016年度比約20%増の77億ドルで、参加省庁は、農務省、商務省、国防省、エネルギー省(DOE)、住宅都市開発省、運輸省、環境保護庁、原子力規制委員会(NRC)、テネシー川流域開発公社(TVA)、米国航空宇宙局(NASA)、全米科学財団(NSF)、米国国際開発庁(USAID)の12省庁。2017年度予算の約76%に相当する57億ドルはDOEのクリーンエネルギー技術研究開発実証活動への計上。
- 「クリーンエネルギー投資イニシアティブ」 … 米国政府のクリーンエネルギー・イノベーション投資にてこ入れするため、大手の財団や大学基金、機関投資家やその他の長期投資家による投資を動員するというイニシアティブ。クリーンエネルギー・イノベーションや気候変動の解決策に40億ドル余の融資を確約。
- 「気候データイニシアティブ」、「米国の気候回復ツールキット(S. Climate Resilience Toolkit)」、「回復力のある開発の為の気候サービス(Climate Services for Resilient Development)」、「PREP(Partnership for Resilience and Preparedness)」といった、気候データ・情報・ツール・サービスを進展させることを目的とする数々の取り組みに着手。
- 「気候教育・技能イニシアティブ(Climate Education and Literacy Initiative)」 … 学生や市民が気候変動を理解し、解決策を探求・実行できる知識・技能・訓練を身につけることを目的とするイニシアティブ。
- 火星への旅を含む宇宙探査に関する「惑星間フロンティア」
オバマ政権は2010年に、米国起業家と競争をするのではなく、協力をしていく為に、米国の民生宇宙計画を再編。米国企業はNASAと連携して、国際宇宙ステーション(ISS)にコスト効率よく物資輸送する新型宇宙船を開発。2017年後期までには宇宙飛行士の輸送も開始予定。
更に、オバマ政権は2011年に、米国宇宙産業とNASAの双方の能力向上とコスト削減を可能にする新技術(大統領目標である2030年の有人火星ミッション達成に必要な技術を含む)の開発を担当する「宇宙技術ミッション部門(Space Technology Mission Directorate)」をNASA内に新設。オバマ政権は、有人火星ミッションに向け、宇宙飛行士が火星その他の深宇宙へと旅する際に住む宇宙モジュールの作成を産業界との協力で開始。NASAの焦点が有人の深宇宙探査へと移行するに従い、民間企業が地球軌道上での宇宙活動の支援で果たす役割が拡大する見通し。
オバマ政権は上記の動きに立脚し、下記の活動を発表:
- 連邦政府は、小型人工衛星の技術水準を高め、商業・科学・国家安全保障面のニーズへの小型人工衛星利用を加速する為に、新たに5,000万ドルを投資。
- 国家地球空間情報局(National Geospatial-Intelligence Agency)が、一連の地球周回宇宙探査機から画像を購入するという2,000万ドルのデータ購入契約を締結。
- NASAは、商用宇宙船を地球科学の観測に活用する官民パートナーシップに3,000万ドルを投資予定。
- 宇宙の天気事象に備える努力を調整する大統領命令を発令 … 国家安全保障の強化;成功している緩和技術の確認;全国的な対応復興計画手順(response and recovery plans and procedures)の構築によって、宇宙の天気事象が全米各地に引き起こし得る経済や人命の損害を最小限に抑制するほか、米国の科学的・技術的能力(宇宙の天気事象予報の改善、宇宙天気事象が基盤システムやサービスに及ぼす影響予測の改善等)を強化。
注1 日本、ドイツ以外には、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、中国、デンマーク、フランス、インド、インドネシア、イタリア、韓国、メキシコ、ノルウェー、サウジアラビア、スウェーデン、アラブ首長国連邦、及び英国が参加。